「IBMの5つの価値共創領域を構成する重要技術」シリーズ 第6回 (全7回)
テクノロジーを進化させ社会課題を解決するには、専門家はもちろんユーザーも含めてデジタル技術を使いこなす広い意味でのIT人材の総数を増やすことが急務です。多様な人材が存分に個性を伸ばし、活躍できる環境とは。
はじめにデジタル変革(DX)を進めるにあたり、多くの企業が「人材」の問題に直面しています。その人材とは、「取り入れたい技術の専門家」の場合もあれば、「ビジネスの文脈の中でその技術をどう使うか考える人材」の場合もあります。つまり、「今、自社のDXにはどのような人材が必要なのか」から考え、そのうえで、「そのような人材をどのようにして育成すれば良いのか」「育成した人材に活躍してもらうにはどうすれば良いのか」について検討・実践していく必要があります。
本シリーズ「IBMの5つの価値共創領域を構成する重要技術」ではこれまで4つの価値共創領域[
I,
II,
III,
IV]について述べてきました。今回のテーマ、第5の価値共創領域は「人材の育成と、活躍の場を用意すること」であり、4つの価値共創領域の実現のために根幹となるものと考えています。本稿では、この「人材」に関してのIBMの活動事例をご紹介します。
背景日本でIT人材不足に課題意識を持っている経営者が多いことは、さまざまな調査で明らかになっています[
1]。企業がデジタル変革を進めるためには、これまで事業で必要とされてきたスキルとも、IT部門が持っていたスキルとも異なる、新しいスキルを持った人材が社内の多くの部署で必要となります。特に日本では、他国に比べIT人材がIT企業に偏っている傾向があると言われており、ユーザー企業におけるIT人材の不足が深刻な課題となっています。
今求められているIT人材とは?では、DXを進めるために必要な人材とは、どのような人材なのでしょうか。まず最初に、DXは現場の当事者の意識醸成が重要です。DXは誰かにやってもらうものでも、どこか一部の部署だけで進めるものでもありません。すべての事業部にテクノロジーを利用した業務変革のチャンスはあり、業務を知っている事業部の当事者が、自分事として考え取り組んだ時に最も力を発揮することができます。一方で、DXは最終的にはITシステムとして具現化されますので、企画立案、実装、運用のフェーズを経るシステム開発のライフサイクルをたどることになり、その各フェーズを実行するためにさまざまな異なる役割とスキルが必要になります。そのため、DXの遂行に必要なスキルは
図1に見られるように、ビジネス寄りからエンジニアリング寄りまで多岐にわたります。旧来のシステム開発と共通する部分もありますが、異なっている点は、このプロセスを迅速に繰り返すことが今は求められているという点です。まとめますと業務知識とIT知識の両方を備え、業務の中に解くべき問題を見つけ、その問題を解決するためのプロセスを設計するスキルが、今特に求められているスキルと言えます。そのため、このプロセスの上流から下流までを見通して、DXによる課題解決を総合的にプロデュースできる人材が求められています。
図1:DX推進に必要なプロセスと求められるスキル
そのようなIT人材をどのようにして確保することができるか
各企業が新しくかつ幅広いスキル・人材を確保するためには、(1) 自社で持つ、(2) 他社との密な連携によって調達する、 (3) 製品やサービスを購入するという形で他社人材を間接的に利用する、という選択肢があります。そして、自社に関連のあるスキルの一覧を整理した上で、競争優位のために、それぞれのスキルについて選択を行う戦略的な思考が求められます。その戦略には、当面は借りてくるが数年後には自社で育成するという時間軸を持った判断もあります。
自社で必要なスキル・人材を持つには、新入社員を教育する、スキルを持った人材を採用する、既存の社員の学び直し(リスキリング)を進めるという選択があります。さらにビジネス環境は刻々と変化しているので、学び続ける文化と仕組みを自社内に持つことが必須です。IBM社内では、Your Learning [
2]という、個々人にあわせた学習機会を提供するオンラインの学びの場を展開しています。ここにはオンライン研修や集合研修なども含めてさまざまな形態のコンテンツが多数登録されており、個人ごとにその職種や学習傾向に応じた学習コンテンツがAIを利用して推奨されます。またDXを進めるためのスキルの習得は座学だけでは完成しないという点に考慮が必要です。担当するビジネス領域のリアルな課題や業務に対して座学で得た知識やスキルを実際に繰り返し適用することで、本当に使えるスキルとして身についていきます。DXが会社全体でそれほど進んでいない企業では独自にこのプロセスを実行するのが最初は難しいことが想定されますので、IBMでは、お客様のDX推進に伴走しお客様ご自身が経験を積んでいただくプロジェクトや、DX人材を育てる研修プログラムの提供 [
3,
4]、そして、将来的にお客様がDX人材を自社だけで継続的に育てることができるようになる研修プログラムの共創も行なっています [
5]。
DXのプロジェクトでは、自社内に欠けたスキルに他社人材を活用するという選択もあります。特にリモートワークの方法論が整ってきた今日、国内の遠隔地域や海外の人材も含めて幅広い選択肢からスキルを補うことが可能です。IBMは全国に分散した拠点で、お客様の開発・保守およびBPO業務を請け負う「IBM地域DXセンター」を開設しており、札幌、仙台、北九州、那覇、広島に続き、高松(2023年7月)と長野(2023年9月)での開設を予定しています[
6]。地域DXセンターでは、プロジェクトに日本IBMグループの人材が参加するだけでなく、地域のビジネスパートナー様の人材もメンバーとして協業をするデリバリーモデルを採用しており、IBMは全国のお客様と地域の人材をカタリスト(触媒)として繋いでいます。それらの地域拠点でIBMは地方公共団体や地域の教育機関に積極的にアピールを行い、新卒採用、経験者採用、さらには経験豊富なベテランの方々の再雇用も含めて、さまざまな人材の現地採用を積極的に進めていますが、地域での採用で入社いただく人材には業界に特化した経験がある人も多く、それぞれの業界の知識やノウハウがあるため、業際を超えるデジタル変革案件には特に強みを発揮することができます。
製品・ソリューションの利用も自社に足りない人材を補う方法の一つと言えます。企業が新しいテクノロジーを活用して新しいビジネスモデルを素早く立ち上げていく上で、今まで以上に多くのIT企業やスタートアップ企業などとの協業が必要になってきています。IBMも、お客様のデジタル変革を加速するために、従来は協業実績のないパートナー様とも積極的に協業、共創をし、お客様により高い価値をお届けしたいと考えています。また、新しい共創の形として、IBMのテクノロジーや技術をパートナー様のソリューションの中に埋め込むことにより、パートナー様のソリューション価値を高めるお手伝いをするということも増やしていきます。そして、前述の社内向け研修コンテンツもパートナー様と共有し、お互いのスキルを高めあっています[
7]。
以上は企業が自社に人材を確保する方法でした。一方でIBMには、社会全体としてIT人材を増やす社会貢献の観点で、セールス/マーケティング部門から独立してCorporate Social Responsibility (CSR) 部門が行っているIBM SkillsBuild [
8]という活動があります。これは、これまでITと関係の薄かった人たちが社会に求められるIT人材として活躍できるよう、オンライン学習プラットフォームでソフトスキルやITスキルなど個人のニーズに合わせて学び、バッジを取得できるという、学生やリスキリングを求める社会人向けの仕組みです。ITに関係する仕事には、学歴を基準にするのではなくスキルで評価されるべき仕事もたくさんあります。企業は変化し続ける社会の中で、これまでの学歴や経歴に関係なく、個人の意思で学び直して他業種からITの仕事に参画してくる人材を受け入れることで、人材を確保できるだけでなく多様性のメリットを受けられる可能性もあります。
IT人材がより活躍するためには
スキルを実践する場を用意することと、環境を整えることが重要だと私たちは考えています。
(a) スキルを実践し人材が活躍する場を用意すること
研修の提供だけでは本当にビジネスに貢献する人材の育成にはなかなか繋がらないのが実情です。新しいスキルを身につけるプログラムを用意してもそのプログラムを受講する社員がそのスキルをつけることの必要性や価値を十分に認識していなければ、結果に繋がらないことがしばしばあります。ITの現場は本当に忙しく常に時間との戦いの中、学びに費やす時間に優先順位をつけて捻出することは容易ではないからです。研修の提供は学びの最初のステップであり、重要なのはそのスキルを活用してみる場を提供することです。まず、将来の仕事のアサインや配属を見据えて、研修対象の社員を選択していくことが重要と言えます。ある企業では、リスキリング研修の対象の選択にあたって、研修後にそのスキルを使った業務にアサインする予定が実際にあるかを、対象社員の上司に入念に聞き取りしているということです。また、スキルと社員のマッチングに関してIBMにはオープンキャリア制度という、人を募集している部署がその必要スキルや業務内容を提示して社内で公募し、社員が自ら応募して異動を希望できる制度もあります。一方で、最初から仕事としての場の提供が難しい場合には、コミュニティーなどの場で学んだところをベースに実際に手を動かしてみることも第一歩になります。学んだことを実際に試してみる、学びを小さくてもいいからアウトプットにしていく、それを繰り返しながら実効性のあるスキルに高めていくことが有効です。IBMではコミュニティー活動にも力を入れており、キャリアの初期段階から仕事とは別に何かしらの技術コミュニティーに参加することを社員に推奨しています。若手技術者向け、女性技術者向けなどに分化したものも含めて大小いくつか存在する技術者コミュニティーでは、新しいテクノロジーを使って何かを作ってみるといった活動もその一部としています。
学びをした後その学びを活かす場が存在すること、学びを生かす機会が提供されることは、個人にとって、キャリア開発にもつながり、新しいことを学ぶ動機になります。新しいことを学ぶことでの気づきや仲間の広がりは、継続的な学びにつながります。
(b) 人材が活躍できる環境を整えること
社員が輝いて働く環境を実現するために、IBMが重要と考えていることとそのための取り組みを3つに分類して紹介します。
1) ひとりひとりのキャリア実現を支援する仕組みと環境
IBMでは専門性を持った職種を一つずつ「プロフェッション」として定義し、レベルごとに必要なスキルを明示しています。また、プロフェッションごとにキャリア構築の支援体制を組織し、プロフェッションの全体像を可視化しています。また、スキルの取得をバッジや社内資格として認定し可視化する仕組みも持っています。このようにスキルとキャリアの仕組みを明確に定義することによって社員の動機づけを支援し、個人ごとのキャリアパスを設計しやすくしています。全体像の可視化は、それぞれの社員にとって次のステップが明確となり目標を見失うことが少なくなる効果だけでなく、採用市場においては社員の成長を支援する企業という印象と安心感を与える効果があると考えています[
9]。
また、キャリアの方向感を持つ上で、他社の関連した人材と繋がって刺激や情報を交換することも重要と考えています。前述のコミュニティーの中には社外と共創しているコミュニティーもあり、例えば、2023年春には業種を越えてメインフレームを支える技術者をつなぎ、事例や工夫など情報交換をするためのコミュニティーとしてメインフレームクラブを立ち上げました[
10]。これも含めて、IBMテクノロジー製品に関してお客様と共創しているコミュニティーが11カテゴリー合計17コミュニティーあります(2023年6月現在)。
2) 多様な人材を受け入れる環境
IBMでは、多様な人材が互いに尊重し合い能力を発揮できる職場環境を推進しています。多様性の持つ可能性を最大化することが、ビジネスの成功には不可欠であると考えているからです。IBMは長年にわたり世界に先駆けてダイバーシティー&インクルージョンへの取り組みを実践してまいりました。世界中のIBMで少数派(マイノリティー)のIBM社員が安心して働き活躍できる環境のために取り組んでおり、特に日本では「Women」「DiversAbilities(障がい者の活躍)」「LGBTQ+」についてフォーカスしています。例えば、当事者やアライ(支援者)からなるコミュニティー活動においては、コミュニティーのスポンサーエグゼクティブのもとで当事者とアライが自主的に課題の把握、分析、施策の提言、社内外への発信を行っています。また、次世代の障がい者支援策として、働きながらITやビジネスの実践的なスキルを身につけられる インターンシップ・プログラム「Access Blue」では2014年の試験的な実施から計283名の参加(2023年6月現在)があり、その後の採用にも繋がっています[
11]。
また、採用活動においては、2022年から新卒・キャリア採用いずれにおいても必要とされる人材要件から「大学卒」を撤廃し、応募者のスキルを重視した採用を強化しています。以前からスキル重視の採用を継続していましたが、あらためて実態に合わせて採用基準を見直し、多様なバックグラウンドを持った専門性の高い人材が、IBMへのチャレンジ意欲を抱いてもらえる環境へ進化させています[
12]。さらに、日本の高齢化を踏まえシニア人材の雇用にも自由度を増し、経験豊富なIT人材に活躍を続けてもらう機会も作り、多様な人材を受け入れる環境を継続的に見直しています。
3) より柔軟に働くことができる環境
コロナ禍をきっかけに急速に普及したリモートワークは、私たちに多くの気づきをもたらしました。2022年1月からは「新モバイル制度」「短時間勤務の対象事由撤廃」等の人事施策を展開し、これまでの常識や思い込みにとらわれず、社員一人ひとりがより輝く職場環境づくりを推進しています[
12]。
日本各地の地域DXセンターとパートナー企業のメンバーも、リモートワークによって統合されたチームとして機能することができるようになりました。一方、リモートワークの環境下において、いかにプロジェクト運営の効率化や開発・運用保守業務の高度化を進めるか、そしてチームワーク、勤怠管理、セキュリティーをどのように担保するかといった点は継続的な課題として改善を進めています。さらにIBMはダイナミック・デリバリー[
13]という包括的なフレームワークを作り実践しています(
図2)。このフレームワークはSaaSを利用したセキュアーな開発環境(AIを含むツールやインフラ)や、デジタル化した契約処理、コミュニケーションや人材管理の方法論(それを実践するためのガイドラインやチェックリスト)などが含まれます。ダイナミック・デリバリーはお客様企業にもご紹介し、実際に導入して頂いています。
図2:IBM Dynamic Deliveryケイパビリティー・モデル
今後もIBMは、社員一人ひとりがより輝ける職場環境を目指して、柔軟なだけでなく、ハイブリッド&パーソナライズされた働き方を継続して探求していきます。
おわりに本稿では、さまざまなスキルのIT人材が求められている中でも業務に解くべき問題を見つけられる能力が求められていることを述べた後、他社との密な連携によって調達するという選択肢も含めて人材育成の方法を概観しました。そして人材が活躍するためには、スキルを実践する場を用意することと環境を整えることが重要として、それぞれについてIBMの考え方や取り組みを説明しました。人材はそれぞれの組織に閉じたものではなく、時には会社の垣根をも越えて繋がり合うコミュニティーの
中で成長していくものです。IBMは、多様な人材が個性を活かして成長・活躍しやすいオープンな環境を目指しています。
「IBMの5つの価値共創領域を構成する重要技術」 シリーズ (全7回)
著者
井上 裕美 Inoue Hiromi
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大久保 そのみ Ohkubo Sonomi
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國生 恭子 Kokusho Kyoko
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服部 翔大 Hattori Shota |
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松本 宗樹 Matsumoto Muneki |
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下村 裕美 Shimomura Hiromi |
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日本アイ・ビー・エム株式会社 取締役執行役員 日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社 代表取締役社長
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日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員 テクノロジー事業本部 テクニカルセールス
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日本アイ・ビー・エム株式会社 IBMコンサルティング事業本部 アソシエイト・パートナー
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日本アイ・ビー・エム株式会社 IBMコンサルティング事業本部 AI&アナリティクス
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日本アイ・ビー・エム株式会社 人事. 労務 部長
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日本アイ・ビー・エム株式会社 Corporate Social Responsibility リーダー
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参考文献