急速なデジタル化が進む一方、デジタル変革の真の目的は、テクノロジーの導入自体ではなく、業務そのものを変革することです。IBMが推進するDXに役立つテクノロジー とは?
はじめにコロナ禍は多くの点で私たちの生活を変え、社会の仕組みのデジタル化が急速に進みました。さらに、不安定な世界情勢から生じたさまざまな影響で、継続的な社会変革が求められ、デジタル変革(DX)はもはや生活の一部となってきています。この社会変革の延長線上に実現される世界では、企業横断・業界横断で作られたサービスが主流になり、エンドユーザーの体験においてリアルとデジタルのサービスがますます透過的となっていくものと予想されます。
本稿のシリーズでは、お客様の課題に取り組むためにIBMが注力する
5つの価値共創領域を、関連する重要技術とその活用の観点からご説明し、読者の皆様に共感いただいて、共創にご参画いただけることを目指しています。第三回となる今回は、背景としてデジタル変革の目的、アプローチのトレンドと課題、そしてデジタル変革を加速させるパートナーシップについて述べた後、その推進に重要な技術を、DXのためのプラットフォーム、ITシステムの近代化、業務プロセスの継続的な自動化・効率化という観点から解説します。
背景デジタル変革の真の目的は、テクノロジーの導入自体ではなく、業務を変革することです。そのチャンスは、企業の中ですべての事業部にあり、IT部門だけではなく、変革のアイデアの元となる業務知識を持っている事業部の当事者が自分事として行動することが期待されます。先進的な企業で、全社的にDXスキルの底上げが進められているのはこのためです[
1]。事業部門での新しいビジネスや業務プロセスの創造には、動く物を試作しながらイメージを固めていくアプローチがこれまで以上に適しており、体験しながらテクノロジーを選ぶやり方[
2,
3]や、ITサービス・プロバイダーと事業会社の事業部が継続的な共創関係を持ってITスキルと業務知識を持ち寄り組み合わせるやり方など、企業とITの新しい関係が生まれてきています。
変革対象の業務は多岐にわたりますので、検討している業務のセキュリティー要件や将来的な展開などを考慮して、その業務に適材適所なITシステムの選択が中長期的な成功の鍵です。クラウドに乗せればDXということではなく、そのデジタル変革全体に最適な環境が必要になるためです。最終的に全社的な効果を生み出すためには、デジタル変革で開発する新システムは遅かれ早かれ基幹システムと接続することになり、さらには新システムが基幹システムの一角に格上げされることもあります。このことは、その新システムによって既存の基幹システムにセキュリティー・リスクが及ぶ可能性や、新・基幹システムとしてそれ自体の信頼性の考慮が必要ということを意味します。また、デジタル変革により構築されたシステムはエンド・ユーザーが直接利用することが多いため、サービス開始後のシステム運用の品質や信頼性も重要になります。この信頼性の要求をデジタル変革のスピードや大胆さといかに両立させるかというところに課題があります。
デジタル変革を進めるパートナーシップこれらの課題を解決するためにIBMは、デジタル変革に向けてお客様と共に取り組むための包括的なサービス「デジタル変革パートナーシップ包括サービス」の提供を開始し[
4]、これまでに数多くのお客様と取組みを推進してきています。この「デジタル変革パートナーシップ包括サービス」は、戦略の実施、デジタル人材の育成、先端技術の目利き、既存システムと新規システムのさらなる進化、新たなワークスタイルの確立、という、5つの重点強化領域に対し、それぞれの実現に向けてIBMがお客様と共に取り組むための包括的なサービスです。またIBMは、地域のデジタル変革を加速させ、デジタル人材の育成と雇用創出、さらに地域経済への貢献を図るために、「IBM地域DXセンター」を地域都市に設置しその拠点を拡大しています[
5]。これらのサービスやセンターでの共創にご参画頂けるお客様が増えることで、日本全体にわたるデジタル変革推進に貢献できると考えています。
DXのためのプラットフォーム一般的にクラウドがDXに適していると言われるのは、新しいビジネスアイディアの検討やビジネス規模の急速な拡大に必要な計算機資源を、迅速かつ柔軟に準備することができるという特性に由来します。以前はクラウドを利用しづらかった業界でも、特定業界向けクラウドの利用が広がりつつあります[
6]。一方で、業務アプリケーションごとに要求される信頼性水準の違いや、データが発生する位置などによって、クラウドよりオンプレミスが適している場合もあります。アプリケーションの用途や特性に応じて、クラウドとオンプレミスを含めたITインフラを適材適所で使い分け、相互接続して利用することが、ITシステムのハイブリッドクラウド化と言えます[
7]。しかし、このようなITインフラの多様化は、開発や運用の過度な複雑化を招いてしまう懸念があります。そこで、ITインフラの違いや場所、運用方法を意識しない新しいアプリケーション開発を可能にし、DXを推進することができるようにするための重要な技術が、コンテナなどの仮想化技術です[
8,
9,
10]。それらの技術を使って、企業内やグループ企業間であらかじめDXのためのハイブリッドクラウド基盤をプラットフォーム化しておけば、システムの柔軟性を担保することができ、今後増えていくDXプロジェクトのシステムを、クラウドとオンプレミスで連携しつつ効率的に構築することが可能になります。すなわち、迅速に開発・リリースを繰り返すのに適したハイブリッドな開発環境が実現し、運用時にもアプリケーションの稼働をオンプレミスとクラウドの間で状況に応じて柔軟に切り替えたり[
11]、全体の運用監視を高度化する事が容易になります。メインフレーム上のアプリケーション開発についても、コンテナ技術を活用する事でオープン系と同じ開発環境を利用できる技術をIBMは提供しています[
12]。
ITシステムの近代化既存の業務をデジタル変革する場合には、これまで利用していたアプリケーションを、現在のニーズに合わせて新しい技術や設計で刷新する必要がしばしば生じます。この作業を総称してモダナイゼーション(近代化)と呼びます[
13,
14]。古いアプリケーションを、ビジネスの変化に追随して柔軟かつ迅速に拡張できるアプリケーションとして生まれ変わらせ、保守性や開発スピードの向上といった効果を得るのがその目的になります。この際に、達成したい「あるべき姿」に応じて複数のアプローチを検討し、効果的な方法を選択する必要があります。そして、しばしば生じる課題は、刷新後の環境がクラウドであるにせよオンプレミスの最新環境であるにせよ、既存のアプリケーションの機能を変えずに移行ないし再実装するだけでは、たとえ保守性は向上してもプラスのビジネス価値が目に見えにくいということです。これに対して、顧客体験の向上や運用の自動化・効率化といった新しい付加価値の実現も同時に実装するのが、モダナイゼーション・プロジェクトのひとつの成功の秘訣と言えます。
モダナイゼーションのひとつの理想は、既存アプリケーションを分解し、各機能を部品単位で再利用・改良・メンテナンスができるように独立性を高めたマイクロサービス・アーキテクチャーを実現することです[
15]。昨今ではこうした部品化を支援するために、アプリケーションを解析する技術が発展してきています[
16,
17]。さらには、AIを使ってプログラムや仕様の理解を行い、自動でコード変換・生成をする技術の研究も進んでおり、アプリケーション・モダナイゼーションのエリアでの適用も将来的には期待されています[
18]。
マイクロサービス・アーキテクチャー化を実現すると、部品化された機能をパートナー企業に提供し、新しいビジネスモデルを共創することもできるようになります。すでに銀行・保険業界では、各業界で求められる機能のサービス化とそれを活用した連携がはじまっており、それぞれBanking as a ServiceやInsurance as a Serviceと呼ばれています。このような連携を可能にするシステムを開発する際に、差別化できるコア業務機能への注力と効率的な開発を実現するのが、業界共通のインダストリー・プラットフォームです。銀行・保険業界だけでなく製造・流通・ヘルスケアなどの業界でも利用が広がっています[
19]。
業務プロセスの継続的な自動化・効率化もうひとつのDXの鍵はAIの利用や継続的な業務効率化ソリューション導入/開発などによる、業務プロセスの自動化(と効率化)です。その際に、個々の作業をAIやRPA[
20]などを用いて自動化するということだけでなく、業務全体を俯瞰する視点を持つことが重要です。個々の作業の自動化だけでは、たとえば、作業間やシステム間の連携がとれていないことで処理待ちが生じてしまい、全体として業務の効率があがらないということもあります。業務プロセス全体を可視化して自動化を立案し(P)、自動化ソリューションを導入(D)、新しい業務をモニタリングし(C)、集められた実績データを解析(A)して改善を繰り返すというPDCAサイクルの継続的な実現が理想であり、IBMは様々な技術やツールをご提供しています[
21]。
AIに関しては、当初の利用は、たとえばコールセンターでのオペレーター支援のような比較的 局所的な特定業務に留まり、いくつか典型的なAIソリューションが活用されている状況でしたが、業務利用のAIは徐々に適用範囲を拡大し、さまざまなビジネスプロセスに埋め込まれて自動化・効率化に貢献するようになってきています。この拡大の背景には、当初はIT企業の提供するAIのサービスやソリューションを”使う”アプローチが中心だったのに対し、徐々に各企業が自らAIソリューションを”作る”アプローチに取り組むようになってきた、という変化があります。また、AIサービスの提供形態もクラウド上でのSaaS提供を前提としていたところから、コンテナとしてどこでも実行できるモジュールとしての提供[
22]やライブラリとしての提供[
23]など選択肢が広がっていることも、AIの適用範囲の拡大に寄与しています。
ワンタイムの実証実験に終わることなくAIを本格展開し、自動化・効率化を推進していく上で欠かせないのは、継続的に質の高い最新のデータを収集し続けることができる仕組みです。データカタログやデータ仮想化といった技術を用いてデータの抽象レイヤーを作り、組織横断的なデータ収集と管理作業を効率化するデータファブリックを構築することで、業務部門がセルフサービスでデータを利用し、日常的に業務効率化に向けたデータ分析・AI活用を実施することが可能になります[
24]。
データ収集から運用までを繰り返すAI(機械学習)の開発ライフサイクルは従来のソフトウェア開発とは大きく異なります。データの品質管理や、モデルの学習と精度検証、運用開始後の性能監視など独特の作業が必要で、非常に手戻りが多い非効率な作業になってしまうこともあります。事業部門によるAI開発を実現するためには、AIの専門家による自前の仕組みに依存するわけにはいかず、AI開発に精通したユーザーでなくても機械学習の開発ライフサイクルを速やかに繰り返し行える環境とプロセスを整えることが大事です[
25]。
それと同時に、業務にAIを使うためにはAIの信頼性、および、信頼できる使い方が必須条件になります。AIの信頼性には説明性や公平性、ロバストネスといった要件があります[
26]。AIの開発・運用ツールの中にこれらの信頼性を確保する機能を組み込むことにより、事業部門の多くの人が、信頼できるAIを容易に利用できるようになります[
27]。
工場や流通の現場などエッジでのAI活用も広がっています。分散した環境で大量のデータが発生する場合や、意思決定までのレスポンスタイムを短縮したい場合、また法的な規制やセキュリティー上の理由からデータを一箇所に集められないような場合が、エッジでのAI運用に適しています。工場を巡回することができるロボット[
28]や、製品の品質検査装置での利用[
29]が例です。エッジAIには、分散したデータやモデルの管理など特有の課題がありますが、開発はクラウドに集めたデータで行なったり、モデルを一箇所からエッジに展開したり、多数のエッジでの運用状態をクラウドから一元的に管理するなど、中心となるサーバーとの連携もポイントになります[
30]。
業務の生産性向上はAIの利用だけに限った話ではありません。ローコード開発やノーコード開発でアプリ開発の壁を取り払うことができれば、事業部門がアプリを開発してプロセスの自動化・効率化を進めることができるようになります。さらに今後は、AIによる補助的なコード・アドバイスや、自動的なコード生成も利用可能になり、ローコード開発で可能になる処理の範囲が拡大していくことが期待されます[
31]。
おわりに本稿では、テクノロジーを活用したDXの推進という価値共創領域において重要な技術を、特に基盤的な技術を中心に、そのDXにおける役割とともに紹介しました。技術的な詳細については「先進ITで描く2025年の世界」など参考文献をぜひご参照いただきたいと思います[
32]。DXに肝要なのは、業務知識に基づいたビジネス・アイディアを、テクノロジーを用いて短期間で試行錯誤し、失敗から学び続けることです。IBMは、お客
様のその過程にテクノロジーとコンサルティングで貢献し、より良い社会を共創します。
参考文献[1] 「人材育成サービス」,
https://www.ibm.com/jp-ja/consulting/talent-development[2] 「IBM Technology Showcase」,
https://www.ibm.com/resources/technology-showcase/[3] 「クライアント・エンジニアリング事業紹介セミナーレポート」,
https://www.ibm.com/blogs/solutions/jp-ja/iot-cocreation/[4] 「デジタル変革パートナーシップ包括サービス」,
https://jp.newsroom.ibm.com/2020-05-19-digital-change-partnership-inclusive-service-announcement[5] 「IBM地域DXセンター」,
https://www.ibm.com/jp-ja/about/subsidiaries/ijds/regional-dx-center[6] 「IBM Cloud for Financial Services」,
https://www.ibm.com/jp-ja/cloud/financial-services[7] 「デジタル変革を支えるオープンなハイブリッドクラウドの実現」,
https://www.ibm.com/jp-ja/cloud/hybrid-infrastructure[8] 「コンテナ・プラットフォーム」,
https://www.ibm.com/jp-ja/cloud/learn/containers[9] 「コンテナ共創センター」,
https://www.ibm.com/jp-ja/partnerworld/resources/container-cocreation-center[10] 「Red Hat OpenShift」,
https://www.redhat.com/ja/technologies/cloud-computing/openshift[11] 「クラウドネイティブ・オンプレミス – ITインフラストラクチャーの新戦略」,
https://community.ibm.com/community/user/japan/blogs/provision-ibm1/2022/12/05/vol98-0010-cloud[12] 「IBM Wazi as a Service」,
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https://www.ibm.com/jp-ja/topics/application-modernization[15] 「マイクロサービス」,
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[18] 「AI for Code」,
https://research.ibm.com/topics/ai-for-code (英語)
[19] 「デジタルサービス・プラットフォーム(DSP)とは?」,
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https://www.ibm.com/jp-ja/topics/rpa[21] 「IBM Cloud Pak for Business Automation」,
https://www.ibm.com/jp-ja/products/cloud-pak-for-business-automation[22] 「IBM、 新たなイノベーションとお客様事例によりWatson Anywhereがさらに進展あらゆるクラウド上でAIをより容易に拡張可能に」,
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https://www.ibm.com/jp-ja/partnerworld/program/embeddableai-jp[24] 「データ・ファブリックとは」,
https://www.ibm.com/jp-ja/topics/data-fabric[25] 「MLOpsのキホンと動向」,
https://www.ibm.com/blogs/solutions/jp-ja/mlops-2021-data/[26] 「AI倫理」,
https://www.ibm.com/jp-ja/artificial-intelligence/ethics[27] 「IBM Watson OpenScale: モデル・リスク管理」,
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