企業のモダナイゼーションを加速する新たなプラットフォームの選択肢「クラウドネイティブ・オンプレミス」
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渡海 浩一 Tokai Koichi 日本アイ・ビー・エム株式会社 IBMコンサルティング事業本部 モダナイゼーション戦略・サービス部門担当 パートナー
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内海 洋輔 Uchiumi Yohsuke 日本アイ・ビー・エム株式会社 IBMコンサルティング事業本部 モダナイゼーション戦略・サービス部門 プリンシパル・アーキテクト
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柳原 江広 Yanagihara Ehiro 日本アイ・ビー・エム株式会社 IBMコンサルティング事業本部 モダナイゼーション戦略・サービス部門 シニアアドバイザリー・アーキテクト
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マイグレーション/モダナイゼーションの戦略・計画立案およびサービスを提供する組織を担当。多くの業界・業種のお客様へのコンサルティング支援、モダナイゼーション実行プロジェクトをリード。
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金融・製造・流通・公共などのお客様において、ハイブリッドクラウドを活用したIT変革のアーキテクチャーやロードマップを策定するコンサルティングに従事。IBMにおけるアーキテクトの育成も担当。
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マイグレーション/モダナイゼーションを専門とする組織に所属。業界・業種を問わず、アプリケーション・モダナイゼーションを中心に既存システムの可視化、To-Beアーキテクチャーやロードマップ策定の活動に従事。
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昨今、顧客ニーズの多様化や、経済のグローバル化、社会情勢の変化、新たなエコシステムの形成など、急激に変化するビジネス環境に対して、あらゆる企業・組織が対応を迫られています。ITシステムはかつて企業のビジネスを支える裏方でしたが、今では企業のビジネスと一体化して経営戦略を実現するため、常に変化するビジネスに対応可能なスピードや柔軟性、スケーラビリティーが求められています。
この変化対応力を備えたITシステムの実現には、テクノロジーとして成熟期を迎えた「クラウドネイティブ」という概念を採用することが主流となっています。代表的なクラウドネイティブ技術である、コンテナ、サービス・メッシュ、マイクロサービス・アーキテクチャー、イミュータブル・インフラストラクチャー、APIなどを活用することで、迅速かつスケーラブルなシステムの構築が可能となります。
これまで、クラウドネイティブ技術を採用するにあたっては、その前提となる環境として広くパブリッククラウドが利用されてきましたが、テクノロジーの進歩と共に、今ではパブリッククラウドだけでなく、従来のオンプレミスにおいてもクラウドネイティブによる開発が可能となっています。IBMではこれを「クラウドネイティブ・オンプレミス」として提唱しており、新たなクラウドとITインフラストラクチャーの戦略として注目しています。本稿を通じてその概要やソリューション、活用方法、事例についてご紹介します。
1章 クラウドネイティブ・オンプレミスの概要
長年に渡り事業を行い業務遂行の確実性・継続性を追求してきた企業にも、デジタル変革への大きな波が押し寄せており、これまで積み上げてきた膨大なIT資産に対して、モダナイゼーションによる企業変革が経営上の課題となっています。基幹系業務を中心とした従来のエンタープライズ領域のシステムは、信頼性・効率性を重視し、長年オンプレミスで稼働を続けて来ましたが、いよいよ基幹系システムにおいてもクラウドを含めた適材適所のプラットフォームの選定が必要となっています。
一般には、基幹系システムでも業務に変化対応力や柔軟性が求められる場合には、前述のクラウドネイティブ技術を用いたモダナイゼーションが適していると言えますが、一方で、業務の信頼性や効率性を重視する場合には、コスト、スケジュール、移行リスクの観点からオンプレミスの継続利用が適切であると言えます。しかしながら、クラウドネイティブでの構築が求められる場合でも、大量の基幹系データを高いリアルタイム性で提供したい、機密性の高いデータを扱いたい、運用管理で自社のガバナンスを効かせたいなど、オンプレミス環境が必須要件となる場合があります。
その解決策となるのが、オンプレミス上でクラウドネイティブ技術を利用し、高いサービス・レベルとガバナンスを実現するクラウドネイティブ・オンプレミスという新たなプラットフォームの概念です。IBMが提唱する「先進 ITで描く 2025 年の世界 ボーダレス時代のアーキテクチャー」[
1]においても、クラウドネイティブ・オンプレミスは変化領域の基幹業務を実行するインフラとして位置付けられています。
2章 クラウドネイティブ・オンプレミスの特徴
クラウドネイティブ・オンプレミスでは、パブリッククラウドと同様に、マイクロサービス・アーキテクチャー、コンテナ、API等のクラウドネイティブ技術や、クラウド実装の中核となるオープンソースソフトウェアを活用し、クラウドネイティブの特性でもある、変化に迅速に対応可能なITシステムを実現します。さらに、オンプレミスの特性を活かして、移行対象のシステムを既存基幹系システムと同一のデータセンターに配置することで、大量データの送受信や短時間での処理応答(低レイテンシー)を容易にすると共に、運用保守やセキュリティー管理等のガバナンスが容易で、機密性の高い情報を安全に管理することができます。また、パブリッククラウドに移行することで、ソフトウェアライセンス、ストレージ、ネットワーク(データ転送量)等がコスト高になるような場合にも、オンプレミスに移行対象システムを配置することでITコストを最適化できる可能性があります。
近年パブリッククラウドで利用が広がっているクラウドネイティブ技術をオンプレミスにも導入し、クラウドかオンプレミスかに関わらず、従来型の開発・構築・運用から脱却していくことが重要です。
3章 クラウドネイティブ・オンプレミスの適用パターン
企業のデジタル変革に向けた取り組みにおいて、既存の基幹システムのフロントエンドでの新たなデジタルサービスの提供や、基幹系データを活用した新規ビジネスの立ち上げなどは、俊敏性・柔軟性に優れたクラウドネイティブでの構築が適しています。しかし、新たに開発されたデジタルサービスから無計画に基幹システムにアクセスさせると、基幹システムのパフォーマンス劣化やリソース拡張によるコスト増大などのリスクも発生します。そのようなリスクに対して、基幹系データに対する参照系・更新系のアーキテクチャーを分離するコマンド・クエリー責任分離(CQRS)のパターンは、デジタルサービス提供におけるパフォーマンス問題を解決するソリューションの適用例です。また、データ・インテグレーション・ハブは、レプリケーションとストリーミング処理により、大量の基幹データの集約・展開を準リアルタイムで行うソリューションの適用例です。
このようなソリューションはパブリッククラウドでも実現可能ですが、クラウドネイティブ・オンプレミスのプラットフォームを活用すると、クラウドネイティブの柔軟性と、オンプレミスの基幹システムと接続のしやすさやガバナンスのメリットを同時に享受できます。基幹システムへのアクセスの柔軟性とガバナンスを確保しつつ、パフォーマンス維持とコスト最適化を図った上で、新たな顧客体験・顧客価値の創出につながるデジタルサービスの提供や、ビジネス・パートナーと協業して基幹系データを活用した新たなビジネス創出が容易になります。
図3. クラウドネイティブ・オンプレミスの適用パターン
4章 IBMによるクラウドネイティブ・オンプレミスのソリューションIBMは、クラウドネイティブ・オンプレミスを実現する各種のソリューションを提供しています。
分散クラウドとして、Amazon Web Services (AWS)、Microsoft Azure、Google Cloud Platform (GCP)、IBM Cloudのようなパブリッククラウドのサービスをオンプレミス環境で利用できるようになってきました。また、従来からあるオンプレミスのインフラストラクチャーとしてはIBM zSystemsやIBM Powerのハードウェアがありますが、各種製品ベンダーから提供されているハイパーコンバージド・インフラストラクチャー(HCI)等も利用可能です。
IBMでは、パブリッククラウドだけでなくオンプレミス上でも、クラウドネイティブなアプリケーションを構築する際に必要な共通機能を提供する、デジタルサービス・プラットフォーム(DSP)を提供しています[
2]。DSPではRed Hat® OpenShift®のコンテナ実行基盤をベースとし、IBM Cloud Paksによるコンテナ対応ミドルウェアを活用することで、アプリケーション稼働環境を提供すると共に、パブリッククラウドだけでなく、オンプレミスにもまたがったアプリケーションのポータビリティーを確保します。
これらのソリューションを組み合わせてクラウドネイティブ・オンプレミスの環境を構築することで、クラウドネイティブなアプリケーションの開発を可能にし、グローバルの経験・知見を集約したメソッドに基づき、パブリッククラウドかオンプレミスに関わらず、お客様のデジタル変革をご支援する包括的なコンサルティング・サービスを提供しています。
図4. IBMのクラウドネイティブ・オンプレミスのソリューション
5章 クラウドネイティブ・オンプレミスを活用したアーキテクチャー事例次世代勘定系ソリューション戦略[
3]でのクラウドネイティブ・オンプレミスを活用したアーキテクチャーの事例をご紹介します。
この数年間で金融機関との取引にはモバイルアプリケーションやFinTechベンダーとの連携が普及してきており、これは勘定系システムの機能をAPI化することで実現しています。しかしながら、現在の勘定系システムは、長年の開発によりシステムのブラックボックス化、開発やメンテナンスの生産性低下等の課題が顕在化しており、APIの開発・リリースに時間を要することに加えて、モバイル側のアクセス量が急激に増えると勘定系システムのリソースが不足する可能性もあり、自由な連携が難しい状況にあります。
この課題を解決するために、IBMは次世代勘定系ソリューション戦略を策定し、新しい勘定系の形態としてデジタルコアサービスとデータコアサービスという機能をクラウドネイティブ・オンプレミスに配置するアーキテクチャーを定義しました。コマンド・クエリー責任分離(CQRS)のアーキテクチャを用いてデジタルコアサービスでは更新系処理をリアルタイムに行い、また勘定系システムで発生したデータ・イベントはデータ・インテグレーション・ハブによって即座にデータコアサービスに連携され参照系処理に活用されます。これにより、勘定系システムを全面刷新・移行するリビルドやリホストに比べ、低コスト・低リスクかつ早期にDX戦略を実現することができます。このアーキテクチャーは複数の金融機関のお客様に採用されています。
図5. 日本IBMが目指す勘定系システムの姿
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