日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)は2025年6月5日、「IT Leadership Agenda 2025」を東京・品川のザ・グランドホールにて開催しました。
新たなアプリケーションの活用や他社と連携したエコシステムの形成によるIT運用の進化など、アプリケーション技術の変革が続く一方で、システムのブラックボックス化、アプリケーションの複雑化、コストの増加、ビジネスがストップするリスクなどが顕在化し、企業のIT/システム部門には大きなイノベーションが期待されています。
本セミナーでは、「ビジネスに貢献する持続可能なAIを用いたIT運用の自動化とITのモダナイズ」をテーマに、最新テクノロジー情報と今後の展望について共有、IT/システム部門が不確実性の高い時代を生き抜き、AI活用や運用の自動化によるイノベーションへのヒントをお客様とともに紐解きました。
当記事では、そのイベント・レポートをお届けします。
フルスタックの自動化でITの複雑さの解消を
オープニングセッションでは、日本IBM テクノロジー事業本部 オートメーション・プラットフォーム事業部 事業部長 理事の上野亜紀子が登壇し、IBMが考える自動化の意義と、それを支える技術戦略と製品群について紹介しました。
講演冒頭で上野は、「AIを活用した自動化は、人手による作業の効率化にとどまらず、今まで人間にはできなかったことを自動化で実現する、あるいは人間ができないスケールの自動化を実現していく」ことに触れ、「企業ITの武器としての自動化を今日のテーマとして考えたい」と話しました。
また、DXの加速を求められる中、企業が直面しているさまざまな課題に対して「自動化こそが解決の鍵になる」と強調しました。実際に経営層の92%が2025年までにワークフローのデジタル化と自動化を目指しています*1が、その課題となるのがITの複雑さです。「それに対してIBMはフルスタックの自動化、アプリケーション・ライフサイクル全体を支える自動化、ハイブリッドクラウド対応の自動化を推進しています」と、上野は「ハイブリッド・バイ・デザイン」「モダナイゼーション」「AIを活用した自動化」の3つのキーワードで製品群を説明しました。
*1: “The power of AI & automation: Accelerating performance with intelligent workflows”, March 12, 2024, IBM Institute for Business Value
特に、AIエージェントの登場がモダナイゼーションの必要性を高めており、IBMはJavaアプリケーションのモダナイゼーションや統合インテグレーションソフトウェアの提供を進めています。また、AIを活用したIT運用自動化にも注力しており、AIを組み込むことで運用工数の削減や効率化を実現していることも紹介しました。
-----
上野の詳しいレポートはこちら
-----
経営とDXとITの一体化で変化に対応する
キーノートセッションには、松下電器や三洋電機、ヤンマーでIT部門の責任者として活躍し、現在は複数企業の社外取締役や、NPO法人CIO Loungeの理事長として活動する矢島孝應氏が登壇。経営とITの橋渡し役としての立場から、ITの変化とその役割を経営的視点で解説しました。
矢島氏は「スポーツの世界では日本人選手が活躍していますが、企業や経済においては日本の地位は大きく低下しています」と現状を指摘します。就業者が400万人増えたと政府がアピールする一方で、労働生産性は低下し、実質GDPはほとんど伸びていません。その原因とされるのがデジタル化の遅れです。
その要因には大きく3つのポイントがありました。1つは、ITコストが常に“追加コスト”だったことです。「日本企業では人件費が固定費です。そこにITを足すと、経営者から見るとコストは増えていきます。一方、欧米では人件費はある程度コントロールできるため、ITで効率化することでスリム化できます」(矢島氏)
「2つ目は、“2025年の崖”を説いた『DXレポート』を経営者がミスリードしたことです。本来は経営課題であるはずが、大半の企業ではIT部門の課題にすり替えられてしまいました」と矢島氏。IT化やシステム化の対応範囲が個別最適から全体最適に変化していることに、経営者が気づいていなかったのが原因です。
そして3つ目が企業内SEの不足です。米国では400万人のSEの7割が企業内SEです。しかし、日本では7割がITベンダーにいて、企業内SEは3割しかいません。原因は企業内SEの処遇の低さです。その結果、ベンダーやSierに依存せざるを得ない状況に陥りました。
そういう状況下にあって、登場したのがDXでした。ここでも多くの経営者が誤解してしまいます。「データをもとに製品やビジネス・モデルを変革して、企業の競争優位を確立するのがDXですが、デジタイゼーションやデジタライゼーションのことをDXだと言っている経営者も多くいます」(矢島氏)
矢島氏は「DXとはBX by デジタル、つまりビジネス・トランスフォーメーションであるはず」と話します。デジタルによって新たな商品、サービス、市場を作っていくビジネスの変革です。単なる業務効率化ではありません。そのためには市場のお客様の視点で満足してもらえるものにしていく必要があります。
「そこで重要になるのが“企業使命”に基づいてDXに取り組むことです」と、経営とDXが一体化することの重要性を強調します。同じ業種の企業でも、目指す方向が違えば、DXの方向も違ってきます。
「さらに今後は、社会全体や業界でのシステム連携、SDGsへの対応も考慮しなければなりません」と矢島氏は例を挙げて解説します。例えば新幹線が進化して東京-大阪間の時間が15分短縮されても、乗り継ぎの待ち時間が20分あったら意味がありません。IT化やシステム化の対応範囲は社会全体に広がっていきます。
「SDGsもしくは人的資本経営では従来のITでは管理していない情報が重要になります。例えば生き生きと働いている人が何割いるのか、という情報をどこから持ってくるのかなど、今までと違う技術やシステム構築の変化に合わせて、基幹システムを再構築したり、業界や社会と連携したり、非構造化データの管理をすることが必要になります」(矢島氏)。
そのためにはやるべきことは数多くあります。ビジネスとITとデジタル全体のアーキテクチャーのデザイン、企業内横断の業務プロセスの再整備と管理、データの提議と管理、従来の情報に加えて非構造化データの扱い、戦略系や対外連携とつなげられる基幹システムの構築などです。
「そこにAIの活用が加わり、ITとDXとAIの3つの分野で見ていく必要があります」と矢島氏。ITではリスキリングを含めた全社員のSE化、DXではビジネス・モデルの変革、AIでは差別化ツールとしての活用といった対応が求められるようになり、さらには量子コンピューターへの対応も考える必要が出てきます。
矢島氏は自身が好きな松下幸之助氏の「経営で成功する秘訣は素直な心」や「前例がないからできないのではない。やらないから前例がないのだ」という言葉を挙げ、来場者を勇気づけました。
実践事例に学ぶ――各社の課題と、その解決アプローチ
キーノートに続いては、「お客様講演」と「IBM講演」が行われ、それぞれの現場でどのような課題に向き合い、解決を図っているのかが紹介されました。
お客様講演1:パーソルホールディングス株式会社
DX推進と一体のIT運用保守改革に挑む
パーソルグループは、「“はたらくWell-being”創造カンパニー」を掲げ、テクノロジーを事業成長のエンジンの一つと位置づけています。パーソルホールディングス コーポレートDX室 室長の菅井俊氏は、DXの加速と並行して進めている「IT運用保守改革」への取り組みを紹介しました。
同社では2024年度、業務の効率化と高度化を目的に99件の施策を実施し、年間2万5,000時間の削減を達成しました。一方で、2023〜2025年度にかけて、所属するビジネスITアーキテクト部がサービス提供しているシステム数は40%増加し、運用保守の負担も急速に拡大。「初期導入費やライセンス費に加えて、運用保守費も大きく増えました」と菅井氏は課題を語ります。
こうした状況を背景に、「DX推進と運用保守改革は表裏一体」と捉えて取り組んでいるのが“運用保守DX”です。従来、手作業が中心だった保守業務について、課題ごとにツール導入を検討し、IBMの自動化ツールを活用したPoC(概念実証)を進めてきました。
具体的には、AWSのリソース管理、アプリケーション・モニタリング、IT資産管理、ログ分析といった領域でPoCを展開。その結果、AWSリソースの最適化にかかる作業は6.25時間から10分に短縮され、インシデント調査時間は半減。リスク・アセスメント・シートの作成も不要となり、ログ分析の時間も95%削減できる見通しが得られました。全体として、80%以上の工数を削減できる見込みです。

出典:パーソルホールディングス株式会社
-----
パーソルホールディングス様の詳しいレポートはこちら
-----
お客様講演2:第一生命保険株式会社
ハイブリッドクラウドで高度な運用監視を実現
顧客の一生涯に寄り添うパートナーとして各種の保険商品を提供する第一生命保険株式会社(以下、第一生命)は、「保険サービス業への変革に向けた基盤構築」を掲げ、グループ共同調達によるインフラ最適化など、IT・デジタル戦略に力を入れています。
DXの進展に伴い、AIを活用したサービスやスマートフォン経由の顧客接点など、デジタル領域ではクラウド活用を推進。一方で、基幹系システムはオンプレミスのメインフレームを継続利用しており、ハイブリッドクラウド型のシステム構成が進んでいます。IT企画部 フェローの吉留栄太氏は、「クラウドとメインフレームの共存によって、より柔軟なサービス提供が可能になる一方で、運用の複雑さも増しています」と語ります。
そうした環境下で課題として浮上したのが、システム障害への対応です。第一生命では、安定稼働を維持しながらサービス品質を高めていくため、運用管理の高度化に着手。そのために必要な6つの要素として、「統合監視とオブザーバビリティー」「構成管理自動化とAIOps」「セキュリティー」「コスト管理」「ワークスタイル変革」などを特定しました。
中でも効果が得やすい領域として、第一フェーズでは「モニタリング(監視)およびイベント管理」や「インシデント管理」の高度化から取り組みました。システムの可観測性を高めるため、「IBM Instana Observability」を導入し、モニタリング体制の強化を進めています。
今後も現場からの気づきによるボトムアップとトップダウンのマネジメントの両輪で、運用管理の高度化を図る方針です。また、予兆検知やホスト監視への活用も検討されており、将来的にはコンテナやマイクロサービスの積極的な活用にもつなげていく計画です。

出典:第一生命保険株式会社
-----
第一生命保険様の詳しいレポートはこちら
-----
IBM講演:IBM CIOオフィス
クライアント・ゼロ(最初のユーザー)の実践が推進するIT変革
IBMのCIOオフィスは「クライアント・ゼロ(最初のユーザー)」という考え方のもと、生成AIやハイブリッドクラウドなどの先進技術をいち早く社内に導入し、その有効性を検証したうえで製品・サービスに反映しています。IBM CIOオフィスのCTOを務めるカイル・ブラウンは、「この取り組みにより、お客様により良い機能と体験を届けられるばかりでなく、自社にとってもさまざまなメリットを得ています」と話します。
IBMがクライアント・ゼロとして進めてきた社内IT変革には、「プラットフォームと運用」「開発者体験」「アーキテクチャー」の3つの柱がありました。ブラウンは、それらの道のりと利用した製品、成果について紹介しました。
まず、社内共通のプラットフォームとしてハイブリッドクラウド環境「Cirrus」を構築しました。基盤テクノロジーとしてOpenShiftを採用し、IBM TurbonomicやAnsibleを活用することで運用工数・コストの大幅な削減に成功しました。
開発者体験については、開発環境を標準化して開発者の流動性を高めるとともに、開発者のCI/CDの整備やコンプライアンス対応の自動化を推進。人材の再配置や開発者の生産性向上、アジャイルなグループ構成の促進に繋がりました。「研究チームやソフトウェアチーム間にあったギャップを埋め、開発者のマインドセットを変えるきっかけとなりました」とブラウンは振り返ります。また、watsonxとの連携によってコードの7割を自動生成するなど、AI活用による効率化も進んでいます。
アーキテクチャー面では、アプリケーションのスリム化や段階的なモダナイゼーションを実施。イベント駆動型・API駆動型の統合を推進し、このインテグレーションハブとして、webMethodsを位置付けた上で、生成AI活用への準備を進めています。
-----
ブラウンの詳しいレポートはこちら
-----
パネルディスカッション
これからの運用を変える技術、人、ビジョンとは
セミナーの最後には矢島氏をモデレーターとした登壇者による「IT運用の自動化/モダナイズへの挑戦! 先端テクノロジーの可能性と改革実行の勘所」というタイトルでパネルディスカッションが行われました。
最初のテーマは、IT運用のコストをどう経営に理解してもらうかということでした。菅井氏は「ITが事業に与える価値と、それにかかる投資・維持コストを説明できる仕組みづくりが課題」と話します。第一生命の吉留氏は「維持のコストを増やさないようにするには自動化も必要ですが、既存システムの今後の扱いについてビジネス部門と対話することも重要だと思います」と指摘しました。
品質の強化とコストの維持という相反する部分について日本IBMの上野は「コスト削減も大事ですが、品質の担保も重要です。IT高度化ツールは相手との関係性もしっかり可視化できるので、経営の理解を得るために弊社の製品がお手伝いできることが今後増えてくると思います」と述べました。
「どんな情報があれば新しいツールをアピールできるのでしょうか」という矢島氏の問いに対して、菅井氏は「成果が見えるPoCを通じた展開が一番効果があると思います」と話します。吉留氏は「業界動向や規制に基づく判断材料があると助かります」と賛同します。
話題は人材教育にも広がりました。「技術の多様化に対してどのように人材を確保・育成していくのか」という矢島氏の問いかけに対し、菅井氏は「営業経験者をリスキリングしてプロジェクトマネージャーになってもらった例」を紹介。吉留氏は「レガシーの定義が大事だと思います。運用保守ができなくなった時点でレガシーになると考えていて、技術自体が古いかどうかとは別物だと思っています。それよりも継続するかどうかが大事で、AIなどを使いながら新しい言語にしていく流れにしていきたいと考えています」と話します。
「一時期、運用はアウトソーシングへという流れがありましたが、最近では開発はAIに任せて、むしろ運用の部分はしっかりスキルを持とうという傾向もありますね」と矢島氏は話します。
上野も「運用の高度化・自動化に関するご相談が最も多く、業種を問わず課題感を持って取り組もうとされています」と最近の傾向を話しました。
最後に、AI活用とガバナンスに話が及びました。菅井氏は「AIに関して最初に行ったのはルールづくりで、次に会社として利用環境を提供し、共通のAIが使えるようになっています」と話します。吉留氏は「AIエージェントはマイクロサービスと似ていて、人手ではガバナンスを効かせることが難しく、運用監視のようなツールに注目しています」と言います。
それを受けて上野は「自動化は標準化と結びつき、ガバナンスに活かせる有効な手段になり得ると考えています」と指摘しました。
菅井氏は「まずやってみる、トライアンドエラーが大事」と語り、吉留氏は「自動化が進んでも、人が対応する領域は必ず残る」と強調。矢島氏は、「怖がらずにチャレンジして行きましょう。悩みがあればCIO Loungeの80名のCIOたちがいつでも無償で壁打ちの相手になります」と参加者に呼びかけ、パネルディスカッションを締めくくりました。