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技術者を支える文化:IBMにおける技術者のキャリア形成の取り組み

By IBM ProVision posted 12 hours ago

  
企業の成長において技術者の果たす役割がより大きくなっています。一方、技術の進化のスピードも早まり、新しい技術に対応したスキルを獲得することも大変になってきています。このような大きな変化の中で、技術者がどのようにキャリアを伸ばし、成長してゆくかは、単に技術者だけでなく、企業の成長においても重要な課題となっています。IBMでは、技術者の成長を支援する活動を多面的に行っており、多くの技術リーダーを輩出してきました。本稿では、IBMにおける技術者のキャリアを形成する取り組みを紹介し、技術者を多く抱える企業の皆様の一助になれば幸いです。

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佐貫 俊幸
Sanuki Toshiyuki
日本アイ・ビー・エム株式会社
研究開発
名誉技術理事
日本IBM東京基礎研究所および製品開発部門にてマルチメディア関係の研究・開発に従事。米国IBMで先進ソリューション開発のアーキテクトを務めた後、テクノロジー関連のビジネス開発および戦略策定をリード。現在、技術戦略のアドバイザーとして研究開発活動を支援。

はじめに  - 技術者の現状と課題

多くの経営者は、企業の成長において技術者が果たす役割が高まっていると感じています [1] 。その背景には、急速に進歩する技術を生かし、自社の競争力や市場価値を高めることが期待されているからです。しかしながら、技術の進歩や広まりだけでなく、技術者の役割も多様になっており、求められるスキルや能力だけでなく、キャリアも大きく変化しています。
一方技術者は、どのように期待に応え、自分を成長させて行くか、大きなプレッシャーになっているのも事実です。例えば、ガートナー社の調査結果では約6割のIT運用に関わる技術者がキャリアに対して不安を抱いていることが示されています[2] 。特に技術者の評価に対する不満やキャリアパスの不透明さが引き金になり、専門職としてのモチベーションの低下につながる可能性も示されています。
今日、経営者からの期待に応えて技術者が活躍し、持続的に成長する仕組みをしっかり持つことが、より重要になっています。IBMでは、創業者のT.J. Watson Sr. が「教育に飽和点はない」というスローガンを掲げて以来、歴代の経営者は社員の育成と成長に全社を挙げて取り組んできました。本稿ではIBMにおける技術者のキャリア形成に関して焦点を当て、その制度やデジタル技術を活かした取り組みについて紹介します。
 

IBMにおけるキャリア形成の変化

IBMでは1960年代に創設されたIBM Fellow制度 [3]に始まり、1990年代には職種とキャリアパスを明確化したプロフェッショナル制度の展開 [4] など、長年に渡り社員のキャリア形成に関して積極的に取り組んできました。さらに、2000年代ではGlobally Integrated Enterprise (GIE) の方針のもと、全世界の社員がグローバル共通の基準でスキルを高め、キャリアを形成するモデルに変化してきました。
2020年にCEOに就任したArvind Krishnaは、社員一人ひとりが「グロースマインドセット 」 (Growth Mind Set) [5] を持ち、失敗を恐れず挑戦しながら継続的に学び続ける文化を推進することを表明し、今日に至っています。この方針のもと、社員がキャリアのオーナーシップを持ち、主体的に挑戦し成長するための企業文化を築いています。
 

成長を支えるプラットフォーム 

一般的に個々人のスキルや経験は属人的であり客観的に把握することが難く、一方固定的な枠組みを用いて管理ことも変化の激しい今日では対応困難になりかねません。そこで個人の活動に密接に伴走できる環境を提供しました。IBMではデータとAIを活用して、社員一人ひとりの学習やキャリアを支えるプラットフォームを構築し、その機能を活かしながら成長に繋げています[6]。
 

キャリア・プラン – Your Career 

社員本人がキャリアの主体であることを述べましたが、実際自分の現状を適切に把握して、どのように成長して行く計画を立てることは簡単なことではありません。そこで、IBMではYour Career at IBM (以下YC) というツールを用意しています。これは社員の今までの学習履歴や人事データに加えて本人の履歴書や資格や認定スキルなど様々なデータをもとに、自分の職種や役割に対してどのようなスキルや経験が必要なのか示すものです。YCによって現状とのギャップが明確になり、それを埋めるためのアクションが立てやすくなります。その内容は所属長とも共有されるため、社員の成長に対して適切なアドバイスが提供できるだけでなく、チームメンバー全体の強み・弱みが具体的に把握できるため、戦略的な対応が可能になります。また、YCは社員個々人の特性や希望に合わせて、社内の求人情報と関連付けて異動機会の検討を支援することも提供します。これによって、目標の設定と実行計画がより明確になります。
 

メンタリング – Your Guides 

社員がキャリアに関して悩みや課題を相談する窓口は所属長になりますが、加えてロールモデルとなる先輩社員のメンターと相談することがIBMでは推奨されています。特に組織やチームが頻繁に変わる環境では、継続的に相談できる相手を持つことは、本人(メンティー )にとっての大きな拠り所になります。一方、メンターはメンティーの価値観を重視・理解し、メンティーの自律的な成長を促進する役割を担うとともに、メンティーの成長を通じてメンター自身の成長を実現する、相互のメリットがあります。メンターとメンティーは1対1で自由に語れる信頼関係があるからこそ、深いレベルの会話が可能になり、本人のモチベーションの向上に繋がります。
ただし、相談したくても適切なメンターが見つからない課題がありました。それを解決するためにYour Guides at IBM と呼ぶメンター紹介システムを作り、全社員に展開しています。個人の条件を分析し、AIによって自分に合ったメンターの候補を提示するものです。限られた人のネットワークを超えて世界中の社員の中から適切な人を選ぶことはAIの力無しにはできません。
 

学習プラットフォーム:Your Learning 

IBMでは、Your Learning at IBM (以下YL) と呼ばれるグローバル共通の学習プラットフォームを提供しています。YLは個人の学習項目や学習履歴を継続的に把握するだけでなく、その内容からさらなる成長に向けてどのような学習を行う必要があるかAIによって提案し、学習計画を提供します。この学習計画により継続的なスキル向上の羅針盤となり、効率よく最新のスキルを獲得することができます。
この学習活動には、事前に準備された研修コースを受講するだけでなく、自ら本を読み、著作物を作成し、コミュニティー活動で他の人と作業し、社内外の講師として他の人に教えるような活動なども含まれます。どのような学習をして、どれだけ自分を成長できたかを可視化することで、自分の活動を振り返るのともに、さらなる学習へのモチベーションを高める仕組みとして機能しています。
YLを通して社員の学習活動は所属長にも共有され、個々人の進捗とともにチーム全体の学習活動がタイムリーに把握でき、チーム全体としての活性化につながります。
 

IBMにおけるキャリア・モデル

2つのキャリアパス 

多くの企業では、より上位のポジションに進む際には、課長、部長、役員というような管理職の道を歩む道が設けられています。技術者としてキャリアを歩んできた方がより上位の職に就く場合には、技術者の道から離れて、管理職としての道を歩むケースが一般的でした。
一方IBMでは、プロフェッショナルとして、マネジメントとしてのキャリアパス (マネジメント・トラック)と並行して、技術者としてのキャリアパス (テクニカル・トラック) が明確に定義されています(図1)。技術者としての成長を高め、役員レベル、すなわちエグゼクティブとしての大きな職責を果たせるような体系が確立しています。IBM Fellow、Distinguished Engineerと呼ばれる最上位の技術者を総称して「技術エグゼクティブ」と呼びます。ただし,この2つのトラックは完全に分離したものではなく、技術エグゼクティブがマネジメントを兼ねて部門やビジネスをリードするケースもあります。
 
図1.IBMにおける2つのキャリアパス
 
 

技術系プロフェッションと役割とロードマップの明確化 

一般的に高い専門スキルや能力を持って業務を遂行する人をプロフェッションと呼びます。IBMにおける技術系プロフェッションは、仕事の役割 (Job Role)によって、Designer、 Architect、Consultant、Technical Specialist、Data Scientist、Site Reliability Engineer、Developer/Engineer、Researcherに別れています。そして、各プロフェッションの職位レベルは、プロフェッション毎の差異はあるものの、エントリーレベルのFoundation、中堅レベルのExperienced、エキスパートレベルのExpert、上級レベルのThought Leaderが定義されています。
重要な点は、図2に示すように、各プロフェッションにおいてキャリアを積んで技術エグゼクティブに至るパスが明確に定義されており、門戸が開かれている点です。
 
図2.技術系プロフェッションのキャリアパス
 
では、具体的にTechnical Specialistプロフェッションを例に、どのようにキャリアを高めるか見ていきましょう(図3)。このロードマップは、エントリーレベルのFoundationから、複数のプロジェクトで経験を積んだExperienced、部門や地域を超えて多くのプロジェクトで経験を積んだExpert、そして社内外に第一人者として認められるThought Leaderに至るまでの道程において、各レベルでどのようなスキルを得て、プロジェクトに活かしどのような成果を得て、どのような技術的リーダーシップを発揮したか、そして同僚や後進の育成への貢献などの成果をまとめて審査を受けます。各段階における審査基準は明確に示されており、その準備に際して本人だけでなく後述するメンターがサポートします。審査会でレベル認定されると、Technical Specialistのバッジ(デジタル認定証)が発行されます。このバッジは、社員全員から参照可能で、本人の動機づけと適切な仕事のアサインを通じたキャリア形成につながります。Thought Leaderとして認定されれば、実績を積み重ねて上位のポジションとしてDistinguished Engineerに挑戦できます。
 
 
図3.Technical Specialistプロフェッションのロードマップ
 

ガバナンスモデル

長期に渡り社員のキャリアを支える制度を適切に運営するには、そのガバンスが重要です。 IBMでは、全ビジネスユニットの代表者が集まるTechnical Leadership Team (TLT)というチームにおいて組織横断的に技術者のキャリアや育成にまつわる戦略や施策を検討しています。これはグローバルのIBM全体で技術者の育成に対して注力する表れです。また日本IBMでは、その支部としてTLT-Japanを編成し、グローバルのTLTと密接に連携しながら日本IBMにおける課題を検討し、 施策の立案・展開を行なっています。このTLTおよびTLT-Japanでは以下の活動を行い、会社全体でのガバナンスを効かし、さらなる改善に繋げています。
  • IBMの技術戦略および部門・地域の優先順位に従った技術者の育成・配置の整合性確保
  • 技術者のエンゲージメント向上
  • 多様な技術者の育成促進
  • キャリアアップに対する準備の推進
 

人的ネットワークの強化 – 技術者コミュニティー 

先に述べたデジタルプラット・ フォームは、社員が個々にスキルやキャリアを進めるのを支援するものです。その一方、一人だけでは成長は限られます。個々人の興味を深かめ、組織を超えたネットワークを通してお互いが成長する機会を持つことで、さらなる成長が図られます。IBMでは多くの技術者コミュニティーがあり、自発的に参加し、お互いが刺激し合う場として定着しています。例えば、TEC-Jというコミュニティー では、経験や所属組織を問わず興味を持つ社員が集まり、専門技術テーマを探求し、その成果を社内外に発表しています[7]。また、女性技術者が集まるcosmosというコミュニティーでは女性にまつわるキャリアやライフの課題を検討し、知見を共有しています[8] 。
これらの技術者コミュニティーは、お互いに刺激しあいながら知的好奇心を高めるだけでなく、一人ではできない大きな成果得ることができ、認知度の向上にもつながります。また、これらの活動を通じて仕事ではコンタクトできなかった先輩や他部門の技術者と交流することで、キャリアのロールモデルやメンターを得ることも可能になります。
このような人的ネットワークはデジタルでは得られない効果があり、技術者がモチベーションを高め、仕事では得られない経験を通して大きな成長の場になっています。1対1のメンタリングに加えて多対多のコミュニティーは人的な成長支援の大きな柱になっています。
 

おわりに 

技術者が活躍できる制度や仕組みを作れば、すべての技術者が期待に応えて、活躍できるというわけではありません。制度設計は大変重要ですが、それとともに技術者本人が納得し、モチベーションを高め、自らの意思で行動できるようにして行かないと真の成長につながらないことは、最新の行動科学の研究結果からも示されています [9] 。
IBMでは、スキルやキャリアのロードマップを明確にし、技術者が自ら考え、行動し、学び、成長しすることを推奨し、透明性を持つキャリア形成を支援する仕組みとして、AIを活用したキャリアを支えるプラットフォームを提供し、メンタリングや技術者コミュニティー など人的取り組みを通じて、多面的かつ継続的に技術者の成長を支えることを実践しています。
  
 
参考文献
[1] IBM Institute for Business Value: CEO Study 2025 (2025). https://www.ibm.com/thought-leadership/institute-business-value/jp-ja/c-suite-study/ceo
[2] Gartner: IT運用担当者はキャリア・パスに不安を抱えているとの調査結果を発表 (2023). https://www.gartner.co.jp/ja/newsroom/press-releases/pr-20230914
[4] 宇田茂雄: ラインによる人材育成をサポートする技術系スキルコミッティーの活動, ProVision No.46, pp.15-19 (2005). https://community.ibm.com/HigherLogic/System/DownloadDocumentFile.ashx?DocumentFileKey=eefb4d58-49e8-8220-40f3-0f0c8bc3ae3a&forceDialog=0 
[5] Carol S. Dweck: Mindset: The New Psychology of Success. New York, NY: Random House. ISBN 1400062756 (2006) .
[6] 新矢貴章, 藤岡里織,  山田淑子: 日本IBMのリスキリングに関する取り組みにおける成功要因と考慮ポイント, 情報処理,Vol.60, No.11 (2024). https://www.ipsj.or.jp/dp/contents/publication/60/DP60A-S01.html
[7] 特別対談:組織や世代を超えて活動するIBMのテクニカルコミュニティ文化,ISmagazine, No.11, Spring/2016, pp.75-77 (2016) 
[8] 倉島 菜つ美: 女性技術者の活躍する未来を支えるCOSMOSの活動とは, IBM Community Japan (2023) https://community.ibm.com/community/user/japan/blogs/cosmos-community-admin/2023/04/06/cosmos
[9] E. Bernstein and Shelly Xin Li: The Performance Effects of Giving Front-Line Employees Direct Access to Performance Data and Thereby Limiting the Supervisor’s Feedback-Intermediation Role: Evidence from a Field Experiment, Management Science,  pp.1-31 (2025). https://pubsonline.informs.org/doi/epdf/10.1287/mnsc.2022.02395
 
 
 

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