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Technology on the edge : 半導体の未来を創るために 〜半導体人材を育成する新しいアプローチ(後編)

By IBM ProVision posted 2 days ago

  
高度化した情報社会を支える半導体の重要性がこれまで以上に高まる一方で、日本では半導体のアーキテクチャー開発を担うことが可能な人材は著しい不足が予想されています。半導体のアーキテクチャー開発は半導体を搭載する機器やシステムの性能、コストを決定する極めて重要な活動です。しかし現在、半導体のアーキテクチャー開発の人材の不足が懸念され学術機関、政府機関がその教育に積極的に乗り出そうとしています。それらに先立ち、筆者らはゲーミフィケーションを応用して半導体の要件定義からアーキテクチャー開発に至る一連の開発・設計活動を実践的に学ぶ教育プログラム「The Game」を考案しました。「The Game」は2024年10月17日の発表から8ヶ月の期間で25の企業や大学、地方自治体や政府機関の方々に展開してきました。
この後編では、その実践の結果と考察、加えて将来への展望を述べることで近い将来に半導体のビジネスを担う人材が、そのキャリアの1歩目を踏み出す手助けになることを期待しています。(前編はこちら)
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小西 研司
Konishi Kenji
日本アイ・ビー・エム株式会社
東京基礎研究所 セミコンダクター
リサーチサイエンティスト
専門領域は、半導体の論理設計、SoCアーキテクチャー開発、組み込み機器開発、エッジコンピューティングならびにIoT。現在は次世代のAIハードウェア関連の研究に従事。

The Gameの展開

自治体、アカデミアとの連携 

教育プログラム「The Game」の開催は、北九州市、公立大学学校法人北九州市立大学、日本アイ・ビー・エム株式会社の連名で発表されました[1]。そして2024年10月に北九州市立大学主催、北九州市、北九州産業学術推進機構、日本IBM、日本アイ・ビー・エムデジタルサービス共催で、「システム・オン・チップ(SoC)設計セミナー」の無料のセミナーとして開催、筆者はその講師としてそのセミナーに参画しました。
 

The Game の流れ

参加者は理系の大学生や大学院生、北九州市や北九州産業学術推進機構の職員(文系)やスタートアップのCEO等、多岐に渡る方々が参加されました。中にはSoCや半導体に関しても全く背景知識を持たない参加者もいました。セミナーは4〜6人を1つのチームとして創造力と独創性を競うチーム対抗戦です。
あらかじめSoCを搭載する製品としてドローンや飲食店の注文端末を設定、まずそれに対して要件を定義、必要なIPコア (プロセッサーやメモリーインターフェース,アクセラレーターなど機能ブロックに特化した集積回路)を選定します。受講生は講義でそれぞれのIPコアの機能や意味を学び、ハンズオンとしてIPコアカード(図1)から選定したIPコアに対応するカードを選び出すのです。
図1.  IPコアカード
 
次に、主にパフォーマンスとコストを考慮してインターコネクトを選定します。IPコアによっては接続できるインターコネクトに制限があり、接続できるインターコネクトの種類によってIPコアのコストが異なります。ここでの選択は多様性と独創性を生む重要なポイントになります。さらにSoCをシステムとして、つまり複数のIPコアとインターコネクトそれぞれのカードを“箱庭ゲーム”のように並べて消費電力量、チップ面積、開発と製品コストなど複数の指標についてそれらのトレードオフを考慮して、チームでディスカッションしながら設計を進めます(図2)。それぞれの仕様の意味や影響、ディスカッションすべきポイントは講義で説明されます。タイムテーブルに従いながらハンズオンと講義を繰り返していきます。つまりトレードオフに対する「製品戦略」をチームはディスカッションから導き出していくのです。
図2 . チーム・ディスカッションの様子
 
実際のSoCの設計はハンズオンの様に順調に進むものでは無く、突発的にさまざまな問題が発生して設計の実施に困難をもたらします。The Gameではその発生する問題を「インシデント」と呼び、ゲームの参加者にその体験をしてもらいます。「インシデント」はパフォーマンス、開発コスト、製品コスト、消費電力量、チップ面積のいずれか、もしくは複数に大きな変更を強要するものであり、IBMが過去にSoC開発において経験した問題をモデルにしています。この「インシデント」への対応もまた多様性と独創性を生む重要な要素になります。チームで決定していた「製品戦略」を守るのか、それとも変更するのか、また将来のさらなる「インシデント」の発生に備えてコストを抑制するのか等々、チーム毎の特色が強く現れるゲームの要素となっています(図3)。
図3 .  インシデントの対応をディスカッションするチーム
 
度重なる「インシデント」を乗り越えて各チームはSoCの設計を完了させます。消費電力量、チップ面積、開発と製品コストなど複数の指標における目標の達成は重要なポイントですが、SoCのアーキテクチャーの多様性と独創性は更に重要であり、各チームの「ユニークさ」はプレゼンテーションで発表されます。実際に、つい昨日までは半導体の知識さえ無かった文系卒の社会人が、自分たちで考えたSoCのアーキテクチャーを大勢の参加者の前で堂々と語ったのです。それは講師陣の努力が報われた瞬間でもありました(図4)。 
図4 . プレゼンテーションの様子
 

学びと考察

第1回の開催からこれまで、複数回のSoC設計セミナーを実施して具体的に受講生から得られた主なコメントは以下の通りです。概ね好意的な意見が多く、加えて「The Game」の活用領域の提案や将来の方向性に至るまで多種多様な建設的な意見を頂きました。
SoC設計セミナー参加者の属性とアンケート結果から、以下のように読み取れます。参加者について、半導体の関連業務への従事者とアカデミアが多く、半導体領域への投資を検討・計画している投資家や政府機関の方の参加もありました。目的としていた半導体の専門家以外の方々にアプローチできた証です。この領域の方々にもっと体験していただきたい思いです(図5)。  
図5.  セミナー参加者の属性
 
このセミナーの参加者がどれくらい満足したか5段階の指標で受講者にアンケートをとった結果、2/3の受講者が「最高に満足」を示し、顧客満足度指数(NSI)として91.8%という非常に高い値を得ることができました。
また、参加者にどのような点を評価するかアンケートを取ったところ、「カリキュラム」が24%、「チームビルディング」が24%、「体験」が21%、「教材」が21%、「アーキテクチャー設計」が10%という結果が得られました。The Gameの内容が特定の領域に偏ることなくバランスよく参加者に受け入れられる結果が得られたことは、さまざまな視点から考え抜いた成果であり、我々の大きな自信となりました(図6) 
図6  .  評価する点
 
学んだことについてアンケートを取ったところ、「広範な知識」が最も多い41%を示し、狙いとしていた半導体開発に関する広範囲な知識の獲得が実現できている結果となりました。また、約30%の方が「トレードオフ」と回答し、本教材を通して設計の現実的な事象を体験したことにより強く記憶に残せたのだと思われます(図7)。 
図7.  学んだこと
 
セミナー全体を通して、参加者から以下の印象的なコメントが寄せられました。
  • ゲーミフィケーションのおかげで意欲的に学べた。
  • 半導体設計にかかるコスト感、マーケットの大きさが分かった。
  • 経営者層がこのセミナーを受けると良い。(法人役員)
 
今後への期待については、コンテンツの進化と受講機会の拡大が占めており、参加者からの応援と高い期待を感じる結果となりました(図8)。毎回のセミナーでその熱意は直に感じており、これは我々を次に向けて駆り立てています。 
図8 .   今後への期待
 
 
 

次のステップ 〜「The Game Advanced」〜

これまでの「The Game」の開催の中で多くの参加者と意見交換を行いました。それらを通して当初、筆者らが意識していた上流設計よりも更に上流、すなわち投資や製品戦略の段階の充実が更に必要であるとわかりました。つまり技術的な領域だけでは無くビジネスの領域に踏み込む必要性です。また「The Game」の中で登場する数多くのトレードオフの対応をより深く、現実に使えるようにしたい等の意見も多くありました。そこで筆者らは「The Game」の発展版である「The Game Advanced」の準備を進めています。これまでの「The Game」は区別のために「The Game -Basic」と表記します。
The Game Advancedは、The Game -Chiplet、 The Game -Project、 The Game –Strategy Planningの3種となります(図9)。 
 
図9. The Game Advancedバリエーションの位置づけ
 
The Game - Chiplet 
最近、半導体業界に限らずChipletと聞く機会が増えています。Chipletとは単一の基板(以下、サブストレート)の上に複数の半導体チップを高い集積密度で搭載し、あたかも単一の半導体チップのように機能させる技術の総称、もしくはChipletの技術によって1つのサブストレートに集積された状態の半導体製品の名称です。Chipletはあらゆる方面の製品での搭載が期待されていますが、他方でChipletに搭載される半導体の回路規模はSoCの数倍になることからSoCとは異なるポイントが多数見られます。Chipletの全体像を俯瞰することはその専門家で無ければ現在は困難な状態ですが「The Game -Basic」をベースにその対象をChipletとすることで、その俯瞰的理解の修得を目的とします。
 
The Game - Project 
日本において、半導体設計プロセス全体を把握しその設計プロジェクトをマネジメントできる経験のある人材は希少です。「The Game -Basic」の実施により、設計のトレードオフやインシデントなど半導体プロジェクトマネジメントに関する需要の高さが浮き彫りになりました。マネジメント観点がないまま進めると、適切に管理がなされず大きな損失を出してしまう可能性を否定できません。そこで提供するThe Game - Projectは教育プログラムでは無く、お客様の実際の開発プロジェクトに対してIBMの社員がマネジメントに関するコンサルティングや業務支援を行うものです。IBMが保有する数々のSoC設計プロジェクト遂行経験を活用します。
 
The Game - Strategy Planning 
The Game -Basicは前述したように半導体や製造業以外の多くのお客様から引き合いがあります。その理由は、半導体領域への参入や投資を進めるにあたり知識・経験をつけるため。そこで、この目的の本格的な実践のためにThe Game -Strategy Planningを用意します。これは半導体領域への参入や投資を考えたい企業、新しく開発・設計したSoCを活用した製品やサービスを使ってビジネスを創出したいお客様を対象にしています。The Game - Projectと同様に講義では無く、お客様の実際のビジネス戦略の立案に対してIBMの社員がコンサルティングや業務支援を行うものとなります。

おわりに 

我々はThe Gameを活用・発展させて、技術とビジネスの両面からこの稀有な産業の転換期に日本の半導体産業を盛り上げ、世界を巻き込む独創的な製品・サービスを創出する起点になれるよう最善を尽くしたいと考えています。
最後に、SoC設計セミナーとThe Gameの開発とリリースに向けて惜しみないご支援ご協力を賜った北九州市立大学の西田健先生、中武繁寿先生、高島康裕先生、山崎進先生、北九州市市役所と北九州産業学術推進機構 - FAISの皆様、北九州市のIBM地域DXセンターの皆様に感謝の意を表します。
 
 
 
参考文献
[1]  日本IBMが半導体設計をカードゲームで学べるハンズオン教材を開発し、北九州市から半導体設計人材育成の取り組みを開始, https://jp.newsroom.ibm.com/2024-10-17-Semiconductor-design-skill-development
 
 
 
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