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ビジネス変革のためのAI:プラスAIからAIファーストへ

By IBM ProVision posted 5 days ago

  
IBMは現在、業務の一部をAIで効率化する「+AI(プラスAI)」から一歩進め、AIを前提にビジネス全体を再設計し変革させる「AI+(AIファースト)」への進化を提案しています[1][2][3]。本稿ではAI+の考え方をご紹介し、その実現に向けたステップやユースケース、そして今後の発展の可能性について説明します。

野村 幸平
Nomura Kohhei

日本アイ・ビー・エム株式会社
テクノロジー事業本部  クライアントエンジニアリング
プリンシパルソリューションアーキテクト

中山 章弘
Nakayama Akihiro

日本アイ・ビー・エム株式会社
東京ラボラトリー 開発ユニット
シニアソフトウェアデベロッパー

大見 充俊
Omi Mitsutoshi

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部 ビジネストランスフォーメーションサービス データサービス担当
シニアマネージングコンサルタント

石井 旬
Ishii Jun

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部 金融サービス事業部
技術理事 エンタープライズAI CTO 

1999年日本IBM入社。以来、製造業、金融業のお客様を中心に大規模Webシステムの設計および構築を幅広く経験。現在は、クラウド、マイクロサービス、AIなどの先進テクノロジーを中心に、講演活動、企業での活用におけるプロジェクトに多く携わる

2001年、日本IBM入社。ソフトウェア開発チームで多言語をサポートする自然言語処理技術の開発とそのエンタープライズ領域での活用に従事。現在は開発チームのテックリードを務める。

2010年日本IBM入社。コンサルタントとして、データ戦略の立案、データ利活用支援、データマネジメントの推進に従事。現在は生成AIとデータ分析基盤を組みあわせたビジネス価値創出を支援するプロジェクトに多く携わる。

エンジニアとしてIBMに入社し、多数の開発プロジェクトでの経験を経てアーキテクトとなる。近年は先進技術分野の技術者として、AIを中心とする先進テクノロジー活用に関わる。エバンジェリストとして、講演・執筆活動、大学非常勤講師なども務める。2023年4月 技術理事(Distinguished Engineer)に就任。

 

はじめに

本シリーズ第1回生成AI活用のユースケース[4]でご紹介したように、AIは様々なビジネスの現場での活用が始まっています。これまで人が行なっていた業務へ生成AIを導入し、業務の生産性を大きく向上させることに成功しています。こうした事例をみてみると、現在多くの企業は生成AIをコスト削減のために活用しており、業務の効率化や生産性の向上を実現していることがわかります。これらは「+AI(プラスAI)」、つまり人が行なっていた業務をAIで支援し、部分的に効率化するアプローチとして位置づけられます。しかし今後は、これをさらに一歩進め、企業がAIを中心に据えてビジネスモデルや製品・サービスを設計する「AI+(AIファースト)」の世界が広がることが予測されています。実際、IBM CEO Study 2024[5]によれば、直近では生成AIは主にコスト削減に利用されてきていますが、今後はビジネス成長の推進力として、組織の競争力強化に寄与することが期待されているとレポートされています。つまり今後企業においては、生成AIを単なる効率化ツールとしてではなく、競争優位性を生み出す核として活用することで、例えば以下のようなビジネス変革を目指すことが求められます。
 
業務プロセスの抜本的な変革: これまで人間が行っていた繰り返しの作業や判断業務をAIで効率化・自動化し、データに基づいた高度な意思決定やプロセスの再設計を行います。例えば、AIがリアルタイムで市場の変化を予測し、それに基づいてサプライチェーンを自動で最適化することで、在庫管理や物流コストを大幅に削減することができます。最終的には、人間の介入を最小限に抑え、より迅速で効率的なビジネス運営が目指します。
 
製品やサービスの革新: AI技術を取り入れて、従来の製品やサービスをよりパーソナライズし、インテリジェントな機能を加えることで顧客体験を革新し、ユーザーに新しい価値を提供します。例えば、AIを活用して顧客の行動データを分析し、それに基づいてパーソナライズされたおすすめ製品、サービス、体験すべてがリアルタイムに調整されたe-コマース・プラットフォームや、AIがリアルタイムでユーザーの声を認識し、最適な応答を行うカスタマー・サポートのチャットボットなどが考えられます。AIがパーソナライズされた体験を提供することで、顧客満足度やロイヤルティの最大化を目指します。
 
新しいビジネス・モデルの創出: 従来とは異なる収益の機会を生みだす新しいビジネス・モデルを新しく構築します。例えば、AIによる予測分析を活用したサブスクリプション・ベースのサービス・モデル、AI駆動のプラットフォームを介した他企業とのエコシステムの形成などです。気候変動、経済変動、社会トレンドなど、複雑な変数が絡む未来のトレンドに対しても持続可能性のあるビジネス・モデルの構築を目指します。
 

AI Ladder

IBMではこうした+AIからAI+を目指したビジネス変革のステップを、AI Ladderとして図1の5つに整理しています。下から順に以下のようになります。
  1. Collect, organize, grow data: データを収集、整理し、データ基盤を作る
  2. Add AI to your applications: アプリケーションにAIを組み込む
  3. Automate your workflows: ワークフローを自動化する
  4. Replace your workflows: ワークフローを置き換える
  5. AI does work: AIが業務を行う
 
図1. AI Ladder
 
このステップには以下のように、下から積み上げる「ボトムアップ・アプローチ」と、上から落とし込む「トップダウン・アプローチ」の2つのアプローチがあります。
  1. ボトムアップ・アプローチ:まず個々の業務のユースケースでデータを収集し、AIの導入とプロセスの効率化を行い、これを順に関連する業務へ展開し組織全体の業務を変革していく
  2. トップダウン・アプローチ:まず組織全体で何をAIで変革するかを決め、そこから用いるAI技術の選定、必要なデータ基盤の整備へと順にブレイクダウンしていく
ここからはそれぞれについて詳しく見ていきます。
 
 

ユースケースから積み上げるボトムアップ・アプローチ

ボトムアップ・アプローチは、まず特定の業務タスクやプロセスを選んでAIを導入し、そこから徐々にAIの適用範囲を広げていく方法です。このアプローチは、具体的な成果を小さくても早期に示すことで、AI導入のメリットを社内で実感してもらい、さらに大規模な変革への足掛かりとすることができます。
 
  1. 課題の大きいタスクを特定しAIを導入する
    最初にビジネスにおいて最も課題となっているタスクを特定し、AIで効率化を図ります。例えば第一回でユースケースとして挙げたような、社内で頻繁に発生する稟議書の生成や承認プロセスは、時間と手間がかかりやすい業務です。このような業務はすでにデータ基盤が整備されていることが多いので、AIを速やかに導入できワークフローの迅速な処理が可能になります。

  2. 周辺のタスクにもAIを導入する
    次にAIをより多くのタスクに導入していきます。例えば稟議書のAI化が成功した場合、それに関連する他のワークフロー(報告書作成、会議資料の準備など)にAIを導入します。これにより、業務全体がシームレスに置き換えられ、さらに大きな効率化と精度向上が見込めます。

  3. 業務全体の変革へと拡大する
    複数の業務プロセスでAIの導入が進むと、それらを統合し、さらに高度なAI活用による業務全体の再設計が可能になります。例えば、AIが業務データを横断的に解析し、最適な意思決定をサポートする仕組みを構築することで、従来の業務フローが根本的に変革されます。これにより、単なる部分的な効率化にとどまらず、AIが業務を行う変革を実現します。
 

変革目標から落とし込むトップダウン・アプローチ

トップダウン・アプローチは、組織全体の変革ビジョンを最初に定め、そのビジョンに基づいてAIを導入するアプローチです。
 
  1. 業務変革とAI導入の目的を明確化する
    まず企業として達成したいビジョン(例:迅速な意思決定、データ駆動型の戦略運営、顧客対応の高度化など)を設定し、それに基づいてAIにどのような業務を行わせるかを明確にします。例えば資本市場で投資家と信頼関係を構築するために、AIに投資家とのコミュニケーション業務を行わせること、などです。

  2. 業務の再設計とAIソリューションの統合
    変革目標に基づいて具体的な業務プロセスの再設計を行います。“投資家とのコミュニケーション業務”の例では、株主総会のQAセッションでAIを使ってリアルタイム対応を行うことなどが考えられます。そのプロセス全体(質問収集、リアルタイム応答、データ分析)のワークフローをAIに合わせて再設計します。同時に、個々のIR業務のデータフローやコミュニケーション戦略も見直し、AIによるサポートを組み込み、必要なデータ基盤を整備していきます。これにより、AIを中核に据えた業務プロセスを再構築し、組織全体の価値の最大化を目指します。
 
 
ここまでご説明したトップダウン・アプローチは、実際にはその範囲の広さと複雑さから、いきなり全社的に導入するのは難しいという企業が多いのも現状です。そのためまずは、ボトムアップ・アプローチからスタートし、徐々にAIの導入範囲を広げていく方法が現実的です。小さな成功を積み重ねることで、AI導入の効果を示し、組織全体での理解と支持を得ていくことが重要です。最終的には、トップダウン・アプローチも取り入れた包括的なAI+戦略へと進化させることが、持続的な競争力優位の確立につながります。次節ではAI+に取り組まれる大手小売業の例をご紹介します。
 

小売業における生成AIを活用したVOC(Voice of Customer:顧客の声)分析による業務変革

経営戦略上の課題

ある大手小売業では、売り上げや利益を一層向上させたいという経営課題を持っていました。この企業では、これまですでにPOS(販売時点情報管理)データやID-POS(顧客情報が紐づいた購買データ)データを収集し、どこで何が売れたか、どのような顧客が何を買ったかを分析してダッシュボードにまとめ、各店舗での業務・店舗改善に活かしてきました。しかしこのような商品起点・顧客行動起点の分析では、顧客理解が十分ではなく、特に収益の機会を生み出すためには、大量のVOCデータを活用した顧客心理の理解が不可欠であることは明確でした。
この大手小売業におけるVOCデータは、顧客から寄せられる商品やサービス、店舗の運営などに関するコメント、意見、要望、感謝、苦情など、顧客自身が自然言語で書いたデータで、以下の課題を持っていました。

  • データ量が膨大で分析に時間や手間がかかるため、タイムリーに結果を活用することが難しい。
  • 分析者の主観が混在し、店舗間で一貫した分析が難しい。
 

AI+による変革

変革の概要

ここで改善の可能性がみえたのが、生成AI技術の発展です。すでにデータを収集する仕組みはあるので、ここに生成AIを適用し、大量のVOCを“分類”し内容を“要約”することで、重要なニーズや店舗ごとの傾向を可視化することにしました。このダッシュボードでは、データの可視化に加え、顧客ニーズ、他店との比較、自店の傾向などの情報を統合し、生成AIが店舗改善アクションを提案する仕組みを実現しました(図2)。これにより、ニーズや他店・自店の傾向から、生成AIが改善アクションを“推論”し提示することで、示唆を得ることが可能になりました。
 

図2.生成AIによるVOCの分類・要約・改善アクションの提案 

VOCに内在する顧客ニーズについてAIを活用し可視化するダッシュボード

大量のVOCに対してAIを活用することで、顧客ニーズを分かりやすく店舗別にサマリーして可視化します。また、これまで人が考えていた業務や店舗の改善施策は、生成AIがVOCに内在する顧客心理をベースに改善アクションとして提示します。これにより人は、AIが提示された改善策をベースに実際に行う施策を検討することが出来て、よりスピーディーに顧客ニーズに対して的確な施策を実現可能です。

図3.VOCを活用した業務変革のためのダッシュボード

このダッシュボード(図3)には、VOCをベースにした様々な店舗運営改善や業務変革に役立つ様々な情報が可視化されています。左上から「感情スコア」は店舗に寄せられた一定期間のVOCの内容を感情スコア化したものです。0-100までの数値で、100に近いほど好意的な内容になります。中央右側には当該店舗の「感情スコア」の推移や、「商品」や「サービス・施設」といったカテゴリ別の「感情スコア」の変化の様子が表示されています。下段には、カテゴリー毎に分解されたVOCの数や感情スコア、その要約、そして「チャンス」という生成AIにより提示された業務改善のためのアクションが表示されています。また右上には店舗スタッフがモチベーションを持って業務に携わってもらうための、お客様からの「お褒めの言葉一覧」が表示されます。左2段目のレポート全体要約は、このダッシュボード全体に表示されている情報を生成AIが要約し、店長などのダッシュボード利用者に店舗全体の状況を説明する機能になります。

 VOCとAIを活用し顧客心理を業務変革に取り込む

前述の通り、この小売業ではこのダッシュボードを構築する以前からBIツールを使った商品起点(POSデータによりどの店舗で、いつ、どんな商品が売れているか)や顧客行動起点の分析(ID付きPOSデータによるどんな顧客が、どの店舗で、いつ、どんな商品を購買しているのか)の分析は既に実施してきました。一方でこれらの分析では、どんな顧客が、どの店舗で、いつ、「何を考えて」、どんな商品を購買しているのかという顧客心理の理解は不十分でした。VOCデータを活用し、顧客心理を様々な指標で、店別のダッシュボードで提示されることで、店長やスタッフの気付きを醸成し、業務や店舗運営の改善に繋がりました。
 

本事例が示すAI+の価値と実現ステップ

この事例では、これまで人が行っていた顧客のニーズを可視化し汲み取る仕事や、店舗や業務の改善策を考える仕事をAIに実行させることにしました。また、今までのPOSやID-POSデータではわからなかった、顧客が何を考えて購買行動をおこなっているかという「顧客心理」のAIによる理解を、VOCにより取り入れたことが店舗運営に抜本的な変革をもたらしました。これはまさに、「はじめに」で述べている「業務プロセスの抜本的な変革」にあたります。これまで人間が行っていた繰り返しの作業や判断業務をAIで効率化・自動化し、データに基づいた高度な意思決定や店舗や業務の改善のプロセスの再設計を行なったものと言えます。
AI Ladderを軸に考えると、「ボトムアップを起点にトップダウンを目指す」アプローチと言え、以下の段階を踏んでいます。

  1. これまでのPOSやID-POSのデータに加えVOCを追加(データを収集、整理し、データ基盤を整備)
  2. 顧客心理をスコア化し、そのトレンドをダッシュボードで店別に提示(アプリケーションにAIを組み込み)
  3. 大量のVOCを“分類”し、内容を“要約”する、顧客の感情を“分析”するなどの処理を自動化(ワークフローを自動化)
  4. 整理したVOCデータから業務や店舗運営の改善をAIが検討(ワークフローを置換)
  5. AI化されたダッシュボードを全店で有効活用し組織の敏捷性を向上(AIが業務を遂行)
 

AI+によるビジネス変革の成果

顧客ニーズを可視化し、顧客の声をベースに改善策を提示するAIダッシュボードは、徐々に店舗担当者の支持を得つつあり、今後、このダッシュボードの利用が店舗の売上や利益の向上に寄与することが期待されています。
このようなAIの能力を核に競争力を引き出すボトムアップのアプローチ、そしてまたAI化されたダッシュボードを全店で有効活用し組織の敏捷性を向上させるという経営層のトップダウンの意思が一体となり、業務全体を改革するAI+の実現に向けた取り組みが進行中です。
 

おわりに

本稿ではAIを中心に据えて新しい価値の創造を図る「AI+(AIファースト)」についてご紹介しました。AI+となるためには、大手小売業のユースケースのように技術的にはボトムアップ、戦略的にはトップダウンのアプローチを組み合わせることが有効になります。本稿は「ビジネス変革のためのAI」とのテーマで、ビジネスにおける生成AIの活用を論じる全3回シリーズの第2回目となります。次回は「ビジネス変革のためのテクノロジー」とのテーマでお届けする予定です。読者の皆様の生成AIによるビジネスの変革のヒントになれば幸いです。
 

*「ビジネス変革のためのAI」テーマの他の記事はこちら↓
 



参考文献
[1] 日経クロステック、最新技術で変わる未来のビジネス AIファースト時代を勝ち抜くために, https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02617/00011/
[2] 日本IBM、企業の全社的なAIの本格活用を支援するフレームワーク「デジタル変革のためのAIソリューション」を発表,https://jp.newsroom.ibm.com/2024-08-08-IBM-AI-Solutions-for-Digital-Transformation
[3] IBM Think, How to become an AI+ enterprise, https://www.ibm.com/blog/how-to-become-an-ai-enterprise/
[4] IBM ProVision,ビジネス変革のためのAI:生成AI活用のユースケース, https://community.ibm.com/community/user/japan/blogs/provision-ibm1/2024/07/18/vol100-0004-ai
[5] IBM Institute for Business Value, IBM CEO Study 2024, https://www.ibm.com/thought-leadership/institute-business-value/en-us/c-suite-study/ceo






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