今日、生成AIはビジネス変革の鍵を握るテクノロジーとして注目されています。特に大規模言語モデル(LLM)を活用したユースケースは、多くのお客様において検討、検証、また実業務への適用が進んでいる領域の1つです。本稿は生成AIによるビジネス変革をご紹介する全3回のシリーズの第1回目で、銀行における融資稟議書生成、設備保全業務の作業日報生成、コールセンター業務の高度化など、具体的なユースケースを通じて生成AIの実際の応用例とその効果を解説します。
野村 幸平 Nomura Kohhei |
日本アイ・ビー・エム株式会社 テクノロジー事業本部 クライアントエンジニアリング プリンシパルソリューションアーキテクト
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中山 章弘 Nakayama Akihiro |
日本アイ・ビー・エム株式会社 東京ラボラトリー 開発ユニット シニアソフトウェアデベロッパー
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石井 旬 Ishii Jun
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日本アイ・ビー・エム株式会社 IBMコンサルティング事業本部 金融サービス事業部 技術理事 エンタープライズAI CTO
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1999年日本IBM入社。以来、製造業、金融業のお客様を中心に大規模Webシステムの設計および構築を幅広く経験。現在は、クラウド、マイクロサービス、AIなどの先進テクノロジーを中心に、講演活動、企業での活用におけるプロジェクトに多く携わる。
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2001年、日本IBM入社。ソフトウェア開発チームで多言語をサポートする自然言語処理技術の開発とそのエンタープライズ領域での活用に従事。現在は開発チームのテックリードを務める。
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エンジニアとしてIBMに入社し、多数の開発プロジェクトでの経験を経てアーキテクトとなる。近年は先進技術分野の技術者として、AIを中心とする先進テクノロジー活用に関わる。エバンジェリストとして、講演・執筆活動、大学非常勤講師なども務める。2023年4月 技術理事(Distinguished Engineer)に就任。
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はじめに
生成AIのテクノロジーは爆発的な発展と普及を遂げ、ビジネスの現場においても生成AIを適用していこうという気運がこれまでになく高まっています。このテクノロジー は、テキスト、音声、画像など様々なデータを扱うことができ、ビジネスの現場では特にテキストを中心にした大規模言語モデル(LLM: Large Language Model)[1] の活用が主流で す。したがって、本稿では、以降「生成AI」という言葉は、特にこの大規模言語モデルをベースとしたテキスト生成のことを指すものとします。この生成AIが注目されている理由の1つとして、従来の自然言語処理と比べて「より人間らしい自然な言語で文章を生成し、クリエイティブなコンテンツを創り出すことが可能になった」ということが挙げられます。このテクノロジー を応用することで、これまでは人の介在を必要とした業務タスクでさえ、ITで置き換え自動化することができる未来が見えてきました。
本稿では、生成AIがどのようにビジネス変革を実現することができるのか、具体的な3つのユースケースを通じて詳しく見ていきます。そのユースケースとは、銀行における融資稟議書の生成 、設備保全業務における作業日報の生成、そして業界共通で適用可能なコールセンターの高度化の3つになります。ここからは、それぞれの分野で生成AIがもたらすビジネス変革とその効果について解説します。
銀行における融資稟議書の生成
銀行の融資業務では、行員は顧客と折衝し、融資のための様々な情報を収集し、店内で協議した上で、融資案件として登録します。この際に作成されるものが融資稟議書です。融資案件ごとに、申出経緯、資金の使途、担保、返済計画、問題点、対応方針、担当者の意見を含めた顧客の現状や、今後の事業展望に至るまで、担当行員が人手で書き起こし、丁寧かつ専門的な表現で稟議書としてまとめ上げます。その後、この稟議書は行内を回付され、審査を経て決裁となれば融資の実行となります。こうした融資稟議書の作成は、担当行員が月間複数本作成するケースが多いことから、ワークロードの負荷削減、作業効率化が求められている業務領域の一つです。融資稟議書生成AIは、これまで行員一人ひとりが多大なワークロードを割いて作成していた融資稟議書を、その名の通り生成AIに作成させるソリューションです。
行員がプロンプトにごく簡単に顧客や融資案件の情報と 稟議書を生成する指示文を入力するだけで、融資稟議書生成AIがRAG(Retrieval Augmented Generation: 検索拡張生成)を用いて 類似の過去の稟議書を取得し、それをお手本として稟議書を生成します。さらに、生成AIが作成した稟議書を修正する際にも行員は修正内容を指摘するだけで、再度生成AIがその修正も実行することが可能です。この稟議書生成プロセスを図1に表しました。(図1.融資稟議書生成の仕組み)
図1. 融資稟議書生成の仕組み
融資稟議書生成の仕組みは主に3つのタスクから構成されます。1)ドラフトの稟議書の生成、2)稟議書の修正と改訂版生成、3)行員によるドラフトの確認と最終修正 です。このように、生成AIと行員(ヒト)が協業して稟議書を作り上げることで、これまで多くの時間をかけて行員が記載していた内容の大部分を生成AIが記載するため、行員のワークロード削減と実際の作業時間の大幅な短縮化が実現します。ある銀行の実証実験 では、稟議書作成の時間が大幅に削減されているケースも報告されています。
また、生成AIが生成した稟議書の内容は網羅的、かつ丁寧な記述が見込めることから稟議書自体の品質の安定化といった効果も期待されています。現在、この生成AIによる融資稟議書の生成は、複数の銀行において効果の見込める生成AIのユースケースとして既に多くの PoC (Proof of Concept:概念検証)が実施され、一部の銀行においては本番展開されるまでに至っています。 今後は多くの銀行において活用が広がるとともに、融資業務における融資稟議書作成の周辺のAI適用により、事務手続きが削減されるのみならず、人とデジタルが融合し、顧客・従業員の双方に対して企業価値を増大するような融資業務そのものの変革に進化していくことが期待されています。
設備保全業務における作業日報の生成
航空・鉄道をはじめとした交通・運輸事業や、石油・ガス・バイオマス発電といったエネルギープラント、浄水・下水処理プラントなど設備を用いる事業では、多くの設備資産を保有しています。これらの広範囲に展開する設備資産は、網羅的に把握し、資産全体のライフサイクルの延長やダウンタイム・コストの削減を図っていくことが求められます。適切なタイミングで適切な保全作業を実施するためには、全体を俯瞰し計画を立てる管理者にとって、透明性の高い「設備の視点」と 現場で保全業務を実施し報告する「作業員の視点」の双方が重要になります。そのためには、これら2つの視点を支援する設備保全管理システムを構築し、それを軸としてDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現することが有効です。 一方で設備保全の現場では近年、少子高齢化に伴う生産年齢人口の急速な減少に加え、熟練者の退職などにより、単なる業務効率化だけでなく業務品質の維持が課題として挙がっています。このような設備保全の一例として、水処理設備プラントでポンプの運転異常が起きた際の業務を図2に挙げます。ここではまず運転責任者である操業班長が異常を検知し、機械の管理者である保全計画担当者が対応策を立案し、保全作業員が修繕を実施・報告します。
図2. 水処理設備プラントでポンプ運転異常が起きた場合の設備保全業務
この中で特に現場の保全作業員が管理者に報告する作業日報は、管理者が次に故障リスクの高い設備を予測し事前対処を立案するための大事な判断材料になります。しかし、有用な作業日報とするためには作業履歴・申し送り事項・気づき事項・傾向分析など多くの項目を集約する必要があるため作成に時間がかかります。さらに個々の記載内容やまとめの粒度は作業員の経験や熟練度によりばらつきがあり、管理者が迅速な対処を取る妨げとなります。これに対しデジタルを活用した人に頼らない仕組みづくりとして、DXプラットフォームとして構築した設備管理保全システムと生成AIを組み合わせて、この作業日報の作成・報告業務を支援・効率化することができます。このソリューションでは図3のように、まずシステムから作業日・場所・担当者・作業の履歴・点検結果・インシデント・欠陥・過去の類似事例といった記録をAPIで取得し、次に生成AIであるLLMを用いて事項の分類・要約・傾向分析の生成を行い、最後に作業員が内容を検証して完了します。これにより、AIの力を用いて日報を短時間で作成し内容を均質化するとともに、作業を行った作業員が生成された内容を確認することでLLMにより起こりうるハルシネーション(幻覚)に対処しています。
図3. 保全作業日報の作成効率化ソリューション
このように設備保全業務の課題を解決するためには、設備視点・作業員視点で構築したDXプラットフォームとAIを組み合わせて、設備の透明性と作業品質を向上させるソリューションがますます重要になっています。
コールセンター業務の高度化
多くの業界に共通する代表的なユースケースとして、お客様をサポートするコールセンター業務が挙げられます。コールセンター業務では、オペレーターの業務負荷やスキルの属人化が課題視されることも多く、そこに生成AIを活用することで業務の効率化と顧客満足度の向上が期待されています。図4は、生成AIを活用したコールセンター業務の高度化の全体像を表しています。コールセンター業務における代表的な生成AIの適用エリアは大別して問題解決の支援、事務作業の効率化、自動応答システムの実現 の3つが挙げられます。
まず問題解決の支援では、ユーザーとの会話は音声認識テクノロジーを活用しテキストに変換されます。音声からテキストへの変換については生成AIを活用するのではなく、従来の音声認識テクノロジーを利用することが一般的です。次にテキスト化された通話内容を生成AIへの入力とし各種タスクを実行させます。例えば、通話内容を生成AIを活用して要約することで、オペレーターはユーザーとの会話のポイントを素早く画面を通して確認することが可能になります。また同時に、生成AIを活用すれば、会話内容からユーザーの質問内容を抽出し、その質問に対する回答を過去の対応履歴や頻出の問い合わせ(FAQ)情報をもとに生成させることもできます。これによりオペレーターの問題解決までの迅速化と業務負担を軽減することが可能になります。
さらに応対後の事務処理では、通話内容から対応レポートを定型のフォーマットにて生成させ、応対履歴としてシステムへの登録を行うこともできます。加えて、新規の問い合わせであった場合は、会話内容からFAQを生成させることで、自社のナレッジとして蓄積することも可能になります。このように生成AIを活用することで、事務作業の効率化を図り、オペレーターの生産性を向上させることができます。
またこのようなオペレーター業務の支援や 効率化に加えて、昨今では前述した生成AIの回答生成の機能とフロントのチャットボット と連携することで、自動応答システムとして実装することを検討する企業も増えています。 ユーザーはフロントのチャットボットに対し質問を入力し、それを受け取ったチャットボットは生成AIの機能を活用して質問に関連する情報の取得、及びその情報をもとにした回答の生成を行わせ、結果をお客様に返答します。これにより24時間体制のサポート、夜間や週末の問い合わせにも迅速に対応できるようになります。
図4. コールセンター業務への生成AIの適用
おわりに
ご紹介したように生成AIはすでに実際のビジネスの現場での活用が始まっています。LLMは大量のテキストを用いて訓練(事前学習)済みなため、これまでは一から業界・業種ごとの作り込みや機械学習のための大量の学習データの準備が必要で、テクノロジー・資金面で障壁の高かったユースケースの扉が多くの企業に開かれました。一方でLLMを活用する上で、生成AIによる出力には100%の正確性は保証されない点にも留意が必要です。本稿で挙げた3つのユースケースの共通点は、1)デジタルで参照できる業務データを蓄積・活用していること、2)人が行っていた「業務データを読みこんで情報を集約するタスク」を生成AIで効率化・均質化していること、3)正確性が求められる出力については業務知識をもった人による確認・修正ステップがあることの3点が挙げられます。 生成AIは人が行なっていた業務へ導入されるため、何を人がやり何をLLMに任せるのか、ビジネスプロセス全体の設計・調整が伴います。そのためPoC プロジェクトを始める段階から現場の進め方や状況を踏まえ、企業が持つ業務データと人が持つ業務知識、LLMが持つ自然な言語で文章を生成する能力をどう組み合わせるのか、業務分析が欠かせません。様々な視点やソースの業務データ・知識・履歴をもとに、人が情報を伝え意思決定を促す業務・多くの人が繰り返し携わる業務を見極めて生成AIを導入することで、人が行なう業務の生産性に大きな進化をもたらすことができます。
本稿は「ビジネス変革のためのAI」とのテーマで、ビジネスにおける生成AIの活用を論じる全3回シリーズの第1回目となります。第2回目は「ビジネス変革の視点」、第3回目は「ビジネス変革のためのテクノロジー」とのテーマでお届けする予定です。読者の皆様の生成AIによるビジネスの変革のヒントになれば幸いです。
[参考文献]
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