極めて重要な業務を支えてきたメインフレームは、新しい機能の拡張や積極的なクラウド対応を行い、基幹業務に耐えうるハイブリッドクラウドの新しい姿を築こうとしています。本稿ではメインフレームの進化を通じて、ハイブリッドクラウドがどのように発展し、価値をもたらすのか技術面から解説します。
はじめに
デジタル変革(以下、DX)の進展が企業にとって新たなビジネスチャンスをもたらす一方で、ITインフラストラクチャーは複雑化し、多様化しています。それによって企業は、効率的な管理、高度なセキュリティー、迅速な市場対応などが求められています。
近年クラウドコンピューティングの普及により俊敏性や柔軟性は高まったものの、その延長線上だけでは対応が難しくなっている課題も顕著になってきました。たとえば、セキュリティーです。企業の持つ基幹データは企業の生命線ですが、安全にデータを守りながら激増するトランザクション量に対応し、かつ監査性を保ちながら安定して処理することは容易なことではありません。なぜならクラウドの基本となる分散環境ではデータの移動やアクセスの複雑さ、そして個々の処理の記録を集約・分析することによる負荷が大幅に高まるからです。また、基幹データの維持管理にも多くの労力がかかります。また、AIの適用も課題の一つです。現在、生成AIはエンタープライスの世界でも大きな影響をもたらし、業務を大きく変えることが期待されています。しかしながら、一般的に学習した言語モデルだけでは企業の業務に活かすことは限界があります。それは、各企業固有の情報が反映された知見が反映されていないからです。限定的なAI活用であれば、一部の企業データから学習した結果をアプリケーションに反映することは可能でしょう。しかし、複数の部門や全社展開を図るような活用を考えると、AIアプリケーションのライフサイクル、特にデータの配置や更新に伴う学習プロセス、モデルの精度管理など多くのステークホルダーを調整しながら進めるのは容易なことではありません。また、今後AIを用いて業務トランザクションの効率化を図る場合にも、スループットを維持しながら処理を行うための管理が重要になります。
このように、DXの高度化にともない複雑さは格段に高まってきます。それは単にクラウドを用いて解決できるものではなく、業務に必要な特性にあった適切な環境を柔軟に利活用できることが重要になります。その解がハイブリッドクラウドです。ここで言うハイブリッドとは、パブリッククラウドとオンプレミスのクラウド、オンプレミスのサーバーを単純に組み合わせたものではありません。これでは多くのサイロ化した環境を生むだけになってしまいます。図1に示したように、複数のコンピューティング資源を有機的に統合して、柔軟性と拡張性を保ちながらプラットフォームの能力を高めていく真のハイブリッドクラウドの実現を目指していくことが大切です。
このようなハイブリッドクラウドが期待される中で、コンピューティングの未来の一環として、本稿ではハイブリッドクラウドのアーキテクチャーに焦点をあてて、メインフレームがどのような価値をもたらすか、その進化の姿を述べていきます。
図1.IT環境のサイロ化とハイブリッドクラウドによる成長
ハイブリッドクラウドにおけるメインフレームの対応
ここでは、メインフレームがクラウドにどのように対応しているのか述べます。
今日のクラウドのスタックは、コンテナ仮想化を用いてアプリケーションを開発・配置・実行するためのオープン・プラットフォームであるOCI(Open Container Initiative)コンテナをベースに構成されています。Red Hat OpenShift Container Platform(以下、OCP) / Kubernetesの登場により、コンテナの仮想化を含め分散コンピューティングの仮想化が実現できるようになり、ハイブリッドクラウドの基盤になっています。
では、そのハイブリッドクラウドを実現するにあたり、クラウドとメインフレームを統合するアプローチを見てみましょう。
一つ目のアプローチは、API経由の統合です。メインフレームのソフトウェア・スタック(いわゆるレガシー・スタック)をそのままにして、クラウド・アプリケーションからAPIを経由して、メインフレームに処理を渡した結果を受け取ることが可能です[1]。これはクラウド・スタックからメインフレーム上のレガシー・スタックが保持する基幹データにAPI経由で安全にアクセスすることができるため、データの管理やセキュリティー・リスクの増加を防ぐメリットがあります。
二つ目のアプローチは、クラウドネイティブ・スタックをメインフレームで直接実行するものです。この方法は、OCIコンテナをメインフレームのOS、z/OSのアドレス空間で稼働させるzCX(z/OS Container Extensions)の実現により、z/OS上でLinux Guest VMを立ち上げ、そのVM上でOCPを稼働することができるため、クラウド・スタックから直接z/OS上のデータソースをアクセスすることが可能になります。すなわち、z/OSがクラウドネイティブ・アプリケーションの開発・実行・運用環境になるため、z/OSに精通していない開発者でもz/OSで動作するアプリケーションが開発可能になる利点があります。ミッション・クリティカル、すなわちQoS(Quality of Service)要件が高いワークロードをz/OSに集約することで、ハイブリッドクラウドにおけるワークロードの実行効率を高めることができます。例えば、1台のメインフレーム上にデータベース・サーバーとOCP区画を同居させ、OCP上で稼働するOLTPアプリケーション・サーバーからデータベース・サーバーにトランザクションを実行した場合、x86サーバーで構成した場合と比較して、1コアあたりで約4.2倍のスループットが出ることが確認されています。また、レイテンシーは約4分の1の時間に短縮されます。これらの結果は、メインフレームは5.2GHzの業界最高速のコアを搭載していること、仮想化を前提としたプロセッサーの設計であること、筐体内のコンテナ間通信を高速なメモリー・コピーで実現できることなどが理由としてあげられます。
ここで、同じクラウド・ネイティブのワークロードでもこの差はどのようなところから起因するのか、アーキテクチャーに立ち戻って考えてみましょう。クラウドコンピューティングは、システムの台数を増やしてその処理能力を高めるスケールアウト・アーキテクチャーをもとに進化してきました。複数のサーバーをネットワークで接続して、柔軟にリソースを提供するものです。ただし、台数が増えると、各サーバー間のネットワークの制御やデータの移動や複製の負荷が増えて、処理のオーバーヘッドが高まり、ミッション・クリティカルなワークロードを実現することが難しくなってきます。一方、メインフレームは、システムの容量や動作周波数を高めて、処理能力を高めるスケールアップ・アーキテクチャーをもとに進化してきました。このようなメインフレームでは、アプリケーションに大きな変更を加えることなく実行性能を高め、低遅延でのデータ・アクセスが可能になるため、ミッション・クリティカルなトランザクション処理を中心に用いられてきました。例えば、最新のIBM z16では最大200コアの構成が可能で、業務拡大による処理性能要求に容易に対応できます。各ノードが筐体のハードウェアのサイズで固定されるスケールアウトに対して、メインフレームでは対応するLPAR (Logical Partition)に対応するワークロードを割り当てるため、効率の良いリソース配置が可能になり、処理効率と共にエネルギー効率も高めることが可能になります。
図2には、ハイブリッドクラウドにおけるワークロードの対応力の広まりのイメージ図です。左側はクラウド上にあるワークロードがAPIを経由してメインフレーム上のワークロード(レガシー・スタック)をアクセスするパターンです。この場合、上記のスケールアウトの制約からハイブリッドクラウド全体としてメインフレームの効果は限られてしまいます。それに比べ右側は多くのクラウドネイティブ・スタックのワークロードをメインフレームで稼働させることで、上述のサービス品質の高いワークロードが実現でき、ハイブリッドクラウド全体としての対応力が高まります。
図2.ハイブリッドクラウドにおけるメインフレームの実装イメージ(ワークロード視点)
ハイブリッドクラウドにおいて、このスケールアウトとスケールアップの概念は対立するものではありません。異なるスケールの特性を柔軟に活かしながら、ハイブリッドクラウドとして、その対応能力を高める点に価値があります。例えば、スケールアウトで難しかったミッション・クリティカルなワークロードもそのままメインフレームで稼働させることにより、サービス品質の保たれた処理が可能になります。今後AIの活用や、高度なデータ分析、IoT(Internet of Things)など新しいワークロードが生まれ、より高度な処理の必要性が高まる中、今までのスケールアウトのクラウドだけでなく、スケールアップのメインフレームのクラウド環境もより重要な位置付けになります。ハイブリッドクラウドの真価はこのようなワークロードの柔軟性と対応力、そして堅牢性を兼ね備えた点にあります。
メインフレームの進化の方向性
IBMのメインフレームは60年以上に渡り、継続的な進化を続けてきました。これだけの長い期間進化が行えたのはしっかりした設計指針を持ち、お客様の課題解決に焦点を当てながら進化してきたことに尽きます。その設計指針は、1) システムとしてのパフォーマンス、2) 業界をリードするデータのプライバシーとセキュリティー、3) 回復力、4) 特定のワークロードの高速化、5) ハードウェアとソフトウェア合わせたシステム・スタック全体の最適化、6) 持続可能性、7) 単純化(シンプル化)になります。このような多面的な視点でシステムとしてバランスを考えながら成長を図ることで、長期に渡る成長を実現してきました。
この指針のもとで、先に述べたワークロードの複雑さと多様化に長期にわたって対応できるようにメインフレームはこれからも進化していきます。ここでは、ハイブリッドのさらなる進化を支える特徴的な4つの取り組みを紹介します。
- AIの強化:今後企業内データを用いて生成AIが広まっていくことが期待される中で、ビジネス・トランザクション処理はモデル内、学習データ、推論データ・プロンプトに企業データを含める必要があります。それは企業データとトランザクション処理を保護してきたのと同じように、ファインチューニング(学習済みのモデルに新たなデータセットなどを合わせることでモデルを再学習する手法)と推論でのモデルとデータを保護することが必須になることを意味します。最新のメインフレームIBM z16ではプロセッサーTelum内にAIエンジンを搭載し、AIを用いたトランザクションの不正検知を行い、より安全なトランザクションを可能にしています。これはメインフレーム内でデータを含むトランザクション処理とAIの推論処理と判断をリアルタイムで実行することで可能になります。さらに2024年には大規模なモデルやより複雑なAIの処理に対応可能な次世代のプロセッサーTelum IIとAIプロセッサーSpyreも発表され[2]、今後のメインフレームに搭載されることが期待されています。これらのテクノロジーによって、メインフレーム内で複数の機械学習や深層学習のAIモデルを大規模言語モデルのエンコーダーと組み合わせるAIのアンサンブル手法が実現でき、基幹データに対してより高度なAIの利活用が可能になります。
- セキュリティーの強化:量子コンピューターの進化により、従来は安全であった暗号方式は、近い将来、量子コンピューターによって破られることが予想されています。例えばウォータールー大学のDr.Michele Moscaによると2031年までに既存の暗号技術が破られる可能性は50%に上ると言われています[3]。これは、既に暗号化され蓄積されている過去・現在のデータについて、今すぐにでも量子コンピューターで破られない暗号化方式で再暗号する必要があることを意味します。IBMは、長年に渡り量子コンピューターでも破られない暗号である耐量子暗号の研究開発を行ってきました。その技術が2024年にアメリカ国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology、以下NIST)に採用され、今後耐量子暗号の標準規格として広まっていくと思われます。IBM z16は業界で初めて耐量子暗号に対応したサーバーであり、現在の脅威に対する保護だけでなく、今データを盗み、将来的に解読を試みる可能性があるサイバー犯罪者に対する備えとして重要な役割を担っています。また、耐量子暗号に加え、システム面での保全として、セキュア・ブートと呼ばれる機能により、悪意のある攻撃者が起動時にシステムを乗っ取ることを困難にします。このようにz16のセキュリティー機能は、お客様が情報の機密性や完全性を必要とするユースケースだけでなく、企業の知的財産や機密データをしっかり守り、今後想定されるセキュリティーの脅威にからお客様をしっかり支えます。このようなメインフレームにおける多面的なセキュリティーの対応は、ハイブリッドクラウドを安心・安全にする上で重要な役割を果たします。今後もさらにメインフレームのセキュリティー機能は強化されていきます。
- 処理性能とエネルギー効率の継続的な向上:IBMは半導体の研究開発において業界の最先端を歩んでいます。2022年に発表した2nm(ナノメートル)の半導体によって、処理能力を高めながら消費電力を格段に低減することが可能になります[4]。微細化だけなく新しい高集積化技術などによって、電力あたりの処理密度はさらに向上していきます。大規模言語モデルに代表されるように、計算能力の需要は劇的増加しており、ITの電力消費の削減は急務な課題になっています。先進的な半導体によって、メインフレームの成長はさらに続きます。
- オープンイノベーションの採用の加速:先に述べたクラウドネイティブの対応に加え、広く使われているAIフレームワーク(PyTorch、TensorFlow、ONNX)などオープンコミュニティで開発される様々なイノベーションの成果を容易にメインフレームに取り込むことでメインフレームのハードウェアの価値を最大限利用可能になります。加えてDevOpsやCI/CDの最新のツールなどを活用することで、開発や運用効率の向上とともにスキル人材不足の課題を解消することができます。
終わりに
本稿では、メインフレームがハイブリッドクラウドのプラットフォームの中核を担い、成長する方向性を示しました。特に、メインフレームでのクラウドネイティブの実行環境の実現により、今までのクラウド・ワークロードをメインフレームに集めることで、高いセキュリティーのもとサービス品質を保った処理が可能になります。ハイブリッドクラウドにおいてメインフレームの役割は高まることがご理解いただけたと思います。
IBMのコンピューティングの未来のビジョンとして、特性の異なるコンピューターをハイブリッドクラウドで統合し成長していく姿は、これからのメインフレームの進化の姿そのものであります。
参考文献
[1] IBM : “APIで基幹業務をデジタルサービス化する”, https://www.ibm.com/blogs/systems/jp-ja/missioncritical-digitalservice/
[2] IBM : “New IBM Processor Innovations To Accelerate AI on Next-Generation IBM Z Mainframe Systems”, https://newsroom.ibm.com/ai-on-z
[3] IBM : “What is quantum-safe cryptography?”, https://www.ibm.com/topics/quantum-safe-cryptography
[4] IBM : “IBM、世界初の2 nmのチップ・テクノロジーを発表し、半導体における未知の領域を開拓”, https://jp.newsroom.ibm.com/2021-05-07-IBM-unveils-worlds-first-2-nm-chip-technology-pioneering-unknown-territory-in-semiconductors
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