「メインフレームは古い。という考え方を古くしたのは、IBMのSystem zです。」という広告コピーを一度は目にしたことはあるでしょうか?半世紀以上にわたり変化の激しいIT業界の荒波を経験してきたメインフレームですが、いま新たな飛躍に向けた分岐点に立っています。これまでコンピューターとして必要とされた処理能力向上に加え、ビジネスへのデータ活用に伴うアプリケーションの柔軟性や継続性における重要度も高まっています。そこでキーワードとなるのが、メインフレーム・モダナイゼーションです。本稿では、モダナイゼーションの重要性や課題に焦点を当て、それらを解決する糸口となるAIソリューションについて解説していきます。過去を振り返るばかりでなく、コンピューティングの未来に向けた「今」を活かすメインフレームにおけるAI活用を一緒に共創しましょう。
メインフレーム(IBM Z)に歴史あり!
1964年に誕生したメインフレーム (IBM Z [1]) には60年という歴史があります。IBM Zの前身である「IBM System/360」は、60年前当時のコンピューターが事務処理・科学技術計算など用途固有のアーキテクチャーで稼働しており、業務毎のコンピューターの間で互換性がないという課題を解決しました。現在のIBM Zは、System/360のアーキテクチャーをベースにしているだけでなく、AI推論アクセラレーターを搭載する IBM Telum プロセッサーなど最先端のテクノロジーを提供しています。この歴史は、その時代ごとに求められたテクノロジーと一緒に歩みながら、現在まで続いています。メインフレームは古いと思われがちですが、「古い」と「歴史がある」では大きな違いです。メインフレームは継続的に新しいテクノロジーを追い求め、長年稼働していた仕組みと互換性を保ちながら新しい要素を研究し、それらを取り込んできました。これはもはや一種のアートであると筆者は捉えており、AIに代表されるように新旧の融合によって溢れ出てくる繊細かつ斬新なアイデアとその価値に人々は魅力を感じていることでしょう。
その証拠に、IBM Institute for Business Value [2] のレポートによると、上位50の銀行のうち 45社、上位5社の航空会社のうち4社などがメインフレームをコア・プラットフォームとして採用しています。また、世界の実稼働ITワークロードの約7割をメインフレームで処理しており、IBM Zは今日の情報化社会を支える必要不可欠な存在であることは言うまでもありません。
ところで、メインフレームは本当に古いのでしょうか?いまだに最先端の技術を提供しているメインフレームですが、古いと感じられる要因の一つは、メインフレーム上で稼働するシステムの更新サイクルが長期化し、それが故にメインフレームを取り巻く開発環境などの歩みが止まっていることにあると筆者は考えます。システムの安定稼働やコスト削減などに対する目的意識が強く、変化を避ける傾向にある企業も少なくありません。しかしながら、ビジネス環境の変化に適合するために、企業は将来に向けて既存メインフレーム環境の継続性や保守運用の方向性を検討し、より新しい技術要素を取り入れながら、ビジネス的な戦略やシステム・アーキテクチャーを移行していく必要性があります。このプロセスをメインフレーム・モダナイゼーションと呼びます。よって、デジタル・トランスフォーメーションの実現によるビジネス拡大に向けては、メインフレーム・モダナイゼーションこそがこれからの未来を明るくする鍵になると信じています。
モダナイゼーションの対象となる主な領域には、アプリケーション・コード、インターフェース、コスト節減、およびパフォーマンスなどがありますが、そのアプローチ方法は対象規模とその範囲によってさまざまな選択肢があります。例えば、業務全体の見直しを行い、新しい業務要件に基づいたシステムに置き換える「スクラッチ開発」、機能面の変更は行わずアプリケーション・アーキテクチャーを変更する「リビルド」、アプリケーションのソースコードに新しい要素を用いて書き換えを行う「リファクタリング/リライト」などがあります。これらはすべて一長一短ありますが、新しい技術を適用することによるコストとリスクのバランスを軸に、企業にとって有効なアプローチを選択しなければなりません。
多くの企業は、メインフレームを基幹システムとして活用し、最も重要なビジネス処理を集約させ、貴重なデータを保管しています。そのため、企業のビジネス・リーダーたちはハードウェアとソフトウェアを最新の状態に保ちながら、さらにAIなどの新しいテクノロジーを採用することで、急速に変化するビジネス環境で競合他社に対する競争力を維持しながら高めていく必要があります。
メインフレーム・モダナイゼーションが重要である理由
従来の業務アプリケーションはトランザクション処理が主体であり、アプリケーションを大幅に変更しなくてもハードウェアの性能向上によって支えられてきました。近年は、ビッグデータ分析などのデータ活用によるビジネス価値創出が求められ、業務アプリケーションの改変やその重要性自体が今後大きく変わっていきます。大規模言語モデルをベースとしたAIテクノロジーの進歩は、これまでのビックデータ分析の延長上にあるだけでなく、お客様の業務そのもの、アプリケーション開発、IT運用など広い範囲に適用することで大幅な生産性向上が望まれるようになりました。例えば、生成AIによる開発者スキルの補完によって組織風土や作業効率化を高める取り組みや組織全体の開発生産性向上のためのDevOps [3] (高品質なソフトウェアとアプリケーションのデリバリーを迅速化するために使用するソフトウェア開発ワークフロー)への取り組みなど、メインフレームにおける ITシステムの変革に大きな注目が集まっています。
メインフレーム・モダナイゼーションの一般的なリスク
対象範囲に関係なく、モダナイゼーションへの取り組みには一定のリスクが伴います。 数十年前に構築されたシステムで使われているテクノロジーを理解することは複雑であり、リスクを完全に排除するには時間がかかります。 メインフレーム・モダナイゼーションを遂行するにあたり、プロジェクトがよく直面する課題としては、以下のようなものがあります。
1. 既存の開発者およびシステム・プログラマーとのスキル・ギャップ
モダナイゼーション関連の取り組みで最も大きな阻害要因は、スキル・ギャップです。現行の開発メンバーおよび運用・保守を行うシステム・プログラマーが保持しているスキルと新しいテクノロジー適用のために求められるスキルには大きな開きがある場合があります。そのため、スキル習得に時間やコストがかかる可能性があり、取り組み自体に慎重になりすぎる懸念があります。
2. 過去の変更によってアプリケーション構造が複雑化
20-30年前に構築されたシステムと言っても、すべてが当時のまま運用されているわけではありません。システム変更に伴う既存業務への影響を最小限に抑えるために、多くの場合、部分的な対処療法としてアプリケーション改修が繰り返されています。これにより、同じロジックのアプリケーション・コードが複製されそのまま使われたり、古い技術に合わせることを前提としたアプリケーション構造に無理やりカスタマイズしたり、新しい取り組みをしているようで結果的に古いシステムを拡充しているのみで、全容を把握するにはとても難しいアプリケーション構造に陥っている可能性があります。
メインフレーム・モダナイゼーションに対するAIソリューション
そこで、IBMではこのスキルギャップとアプリケーション構造の複雑さに焦点を当て、生成AIの技術を使ったメインフレーム・モダナイゼーションの実現や開発現場で奮闘する開発者を支援するソリューションを発表しました。今後メインフレームを支えていく人材の育成やスキル支援を目的に、日々の業務において生産性を向上させるためのサポートを行うだけでなく、メインフレームとの関わり方についても変革する取り組みを推進しています。IBMが発表したメインフレームに対するAIソリューションのうち代表的な2つをご紹介します。
1. アプリケーション変革に特化した生成AI
IBM Watsonx Code Assistant for Z (以下、WCA4Z) [4] は、アプリケーションのライフサイクル全体で開発者の生産性を向上させることで COBOL アプリケーションの変革を加速させるためのAI を活用したメインフレーム・アプリケーションのモダナイゼーション・ソリューションです。 WCA4Zは、アプリケーション・ディスカバリー、自動リファクタリング、COBOL から Java への変換、および自動検証テストを含む機能を提供します(図1参照)。また、既存COBOLコードの理解を促進するために、開発者がソースコードを読むのではなく、AIがコードを認識して要約および解説する機能もあり活用の幅として広がりを見せています。Westfield Insurance様では、絶えず変化するビジネス需要に対してアプリケーションの変革プロセスを迅速化する過程で、開発者がアプリケーションを理解するために要する時間を80%短縮しました。[5]
図1. IBM watsonx Code Assistant for Z 概要
2. メインフレーム知識に特化したAIアシスタント
IBM watsonx Assistant for Z (WA4Z) [6] は、メインフレームを維持・管理するために、メインフレームとの関わり方を変革するAIソリューションであり、あらゆるレベルの経験を持ったシステム・プログラマー、オペレーター、および開発者が活用できます。この AI アシスタントは、膨大な知識量を基にメインフレームに携わる人々に寄り添い、メインフレーム・ユーザーの自律性を向上させます(図2参照)。また、IBM Researchとの協業により、 WA4Z はチャット中心の granite.13b.labrador モデルを使用しています。 このモデルは、エンタープライズ・レベルのモデルであり、 IBM Z固有のコンテンツを含む2.5 兆個を超えるトークンといった広範なデータ・セットを使用してしっかりと学習されています。 IBM Z固有の検索拡張生成 (RAG: Retrieval-Augmented Generation) を使用して、厳選されたコンテンツを利用者に提供します。対話型AIアシスタントによって、あらゆる質問に対する答えを一つの場所から得ることができます。状況に応じて厳選された回答は、メインフレーム・モダナイゼーションを推進する上で必要なスキルを補完し、生産性を向上させます。
図2. IBM watsonx Assistant for Z 概要と利用イメージ
メインフレーム・モダナイゼーションのメリット
世の中には2,200億行のCOBOLコードが稼働していると推定されています[7]。多くのお客様はこの膨大なアプリケーションに変更を加えることに不安があり、どのように対処したら良いのか悩んでいます。IBMとしては、その不安に寄り添いながら解消できるようにAIソリューションを介してメインフレーム・モダナイゼーションへの取り組みを推進しています。では、AIソリューションを活用することで何が良くなるでしょうか。以下に想定される代表的なメリットを示します。
1. イノベーション・スピードの向上
IDCの調査結果[8]では、2025年までに生成AIとRAGの組み合わせを活用して、ドメイン固有のセルフサービス・ナレッジ検索を強化し、意思決定のスピードが50%向上されると予測しています。よって、企業は新しいテクノロジーを理解し適用することで、競合他社より技術的・ビジネス的な面で先行し、優位性を保つことができます。さらに、新しいテクノロジーの検討や適用を継続的に繰り返すことで、移行時の技術的な難易度を極力抑えることができます。これを習慣化することで、イノベージョンに掛かるサイクルを安定的かつ効率的に実施出来るだけでなく、ビジネスニーズに合わせた実装までの期間短縮にも繋がります。
2. コストの削減
Gartnerの調査結果[9]によると、2028年までに人間とAIアシスタントの連携によって、コーディング作業完了までに要する時間が30%短縮されると予測しています。企業はメインフレームやアプリケーション・モダナイゼーションの戦略的取り組みを実践することで、長期的な目線でコスト効率を高めることができます。また、IT インフラストラクチャーの導入、および、運用・保守に掛かる費用は、多くの企業が直面する最大の悩みの一つかもしれません。古すぎる技術は、最新技術と容易に統合できない可能性が高く、難易度も不透明なため、結果的に事前の机上検討に多くの時間とコストが費やされる傾向があります。余分に必要となるコストを排除し、お客様のビジネスに対する柔軟性の向上や投資対効果を考え、小規模かつ適切な範囲で継続的にモダナイズしていく事が重要になります。
3. スキル習得と人材育成
メインフレーム・モダナイゼーションへの取り組みにより、開発者などのプロジェクトに携わっている技術者に対してスキル向上と実践経験を積む機会を与えることができます。これにより、技術者としてのモチベーションが向上し、重要かつ複雑な業務に対しても今まで以上に貢献できるようになります。モダナイゼーションに関する投資は、メインフレーム関連のIT資産としての投資だけでなく、現場で活躍する技術者への投資にもなります。
最後に
福沢諭吉が『学問のすすめ』の中で「進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む」と著しています。現状維持のみで何も行動しなければ、日々進歩する世の中に遅れをとり、衰退していくことを示唆しています。これは我々一人ひとりの人間に当てはまるだけでなく、ビジネスやIT基盤にも当てはめて考えることができます。IBM Z は最先端のAIを用いて、お客様の業務改革を支援していきます。従来に比べ、お客様がメインフレームと関わる様々な局面でAIを取り込むことが容易となるでしょう。なぜならば、ソフトウェアの側面からAIを活用するだけでなく、Telumプロセッサーのようにハードウェアの側面からも継続的に強化しているからに他なりません。今後もIBM Z は最先端の半導体およびAIのテクノロジーを提供し、お客様のビジネス拡大・生産性向上に貢献していきます。新しい価値を求め変革することは、物事を継続する上で自然な流れであり、モダナイゼーションへの取り組みとして、「今」を大切にするだけでなく、「今」を活かすための未来に向けた共創をぜひ一緒に始めましょう。
[参考文献]
[1] IBM: IBM Z, https://www.ibm.com/jp-ja/it-infrastructure/z
[2] IBV study “Application modernization on the mainframe” IT application development, maintenance, and operations performance survey data. IBM Institute for Business Value Performance Data and Benchmarking Program. 2021, https://www.ibm.com/downloads/cas/7BJPNGND
[3] IBM: Enterprise DevOps, https://www.ibm.com/jp-ja/it-infrastructure/z/capabilities/enterprise-devops
[4] IBM: IBM watsonx Code Assistant for Z, https://www.ibm.com/jp-ja/products/watsonx-code-assistant
[5] IBM: Supporting ever-changing business demands with generative AI solutions Westfield Insurance + IBM, https://www.ibm.com/case-studies/westfieldinsurance
[6] IBM: IBM watsonx Assistant for Z, https://www.ibm.com/products/watsonx-assistant-for-z
[7] Reuters: Reuters Survey (2020): http://fingfx.thomsonreuters.com/gfx/rngs/USA-BANKS-COBOL/010040KH18J/index.html
[8] IDC: IDC FutureScape: Worldwide Artificial Intelligence and Automation 2024 Predictions: https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=AP50341323
[9] Gartner: Emerging Tech: Generative AI Code Assistants Are Becoming Essential to Developer Experience, ID G00790320, May 2023: https://www.gartner.com/en/documents/4348899
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