お客様との共創を通じた知見が切り拓く未来。「体験をもとにアイデアを具現化する」専属部門を統括する村澤 賢一が解説します。
はじめに
世界中のIBMに、お客様との30〜90日間にわたる共創に専心し、価値創出と早期の技術価値検証を行う専任組織「クライアント・エンジニアリング(CE: Client Engineering)」が配置されたのが2021年。さまざまな業界や組織から集まった異能のプロフェッショナル集団が、ひと月以上にわたって無償でお客様との価値共創に取り組むという活動を2年半ほど続けてきました。
今回、「CEの活動を通じて得た学びを広く共有させていただくことが、お客様と社会の役に立つのではないか?」と考え、ProVisionへ寄稿させていただくこととなりました。共創によるビジネスと社会の変革をより一層加速するために、ぜひ忌憚のないご意見を賜わればと思っております。ご一読のほどよろしくお願いいたします。
クライアント・エンジニアリングという組織について
新規サービス立ち上げやDXを推進しようという企業は増え続けており、そのための専任組織や、イノベーション創出のための出島組織を立ち上げる企業は増え続けています。しかし、取り組みの増え方と同じように成功例が増えているかといえば、そんなことはなさそうです。専任組織や出島組織を中心としたアプローチは、すでに成功への道だと多くの調査で証明されているにもかかわらず、なぜこのような状況なのでしょうか?
これまで、IBM社内でもさまざまな実験的取り組みが行われてきました。我われCEは、これまでの体験から成功のためのエッセンスを抽出して創出された組織です。「ビジネス変革と社会変革を推進する」というミッションの実現に向け、自分たちの強みである「スタートアップ企業の様なスピード感とIBMならではのスケール感」を、お客様のために最大化する方法を日々研究・実践しています。
…と、こう書くと、まるで我われが絶対的な答えを知っているかのように見えますが、実態は「かなり精度が高いと思われる仮の答え」を手にしているのに過ぎません。それを元に、お客様と共に日々実証実験を行なっているというのが実情です。
それでは、CEの何がこれまでと異なりどのような違いを生み出しているのかをシェアしていきます。
クライアント・エンジニアリングの何が新しいのか(人と役割)
<所属社員の約8割がここ数年で社外から転職してきた中途入社社員>
CEの特長である「スタートアップ企業の様なスピード感」は、技術と知識に裏付けされた、意思決定や決断スピードから生まれます。そして同時に、しがらみや周囲への忖度よりも、サービスやプロダクトと自分たちを取り巻く環境との整合性の高さを優先することで実現しています。お客様によっては、こうした開発アプローチの実践を目の当たりにしていただくことそれ自体が、イノベーション創出やDX推進に大きく寄与するものとなるのではないでしょうか。
その実践をしやすくしているのが、別の企業で専門性を磨いた後、ここ数年以内にIBMに転職してきた、CEの中核を担う中途入社メンバーたちで、CEメンバーの約8割を彼彼女らが占めています。この8割という数字は、従来からのIBMのやり方・考え方がむやみに「主流だから」として踏襲されることのないように、そして彼らが持ち込む「(IBMにとっての)新しい風」がしっかり組織の隅々まで流れるように計算されたものです。
またこの春、多数の新卒入社社員がメンバーに加わったことで、中途入社メンバーたちの専門性や業界知識の多様性に加え、世代の多様性もぐっと広がりました。
<多様なロール(役割)がミックスしたチーム編成>
CEの強みは、ビジネス上の常識やスキル・知識などの多様性だけではありません。CEのほぼ全メンバーは、以下5つの「ロール(役割)」に属しており、メンバーそれぞれが卓越性を追い続ける共に、「トライブ」と呼ばれるロール毎のコミュニティーで定期的に知見を共有してブラッシュアップしています。
- イノベーション・デザイナー | UI /UXをお客様と共にデザインし、お客様企業にとっての事業価値を明確化
- テクノロジー・エンジニア | クラウドネイティブな環境でバックエンド、フロントエンドをフルスタックで開発
- データサイエンティスト | データを活用しお客様のビジネス価値を可視化すべくデータサイエンスとデータ・エンジニアリング両面からアプローチ
- ビジネス・テクノロジー・リーダー | 新規事業立ち上げから既存業務の変革まで、お客様企業が抱えるさまざまな課題に共創を前提とするアプローチで挑み、解決策を共に創出
- ソリューション・アーキテクト | ビジネスとIT・デジタルの両側面から、ソリューション全体設計を担当
多様性を強みへと変換させるには、相互理解を土台とした「深層的な共創」が必要です。また、真摯な共創活動が相互理解を深めるという「メビウスの輪」的な構造にもなっています。次章では、CEが日常的に行なっている共創活動についてシェアします。
アジャイル手法「IBM Value Engineering Method」と共創事例
CEの共創活動の中心にあるのが、MVP(Minimum Viable Product: 実用最小限の製品)作成を通じたPoX(Proof of eXperience: ワークショップ、プロトタイプ、製品デモ、技術検証などからなる一連の「体験」の仮説検証)であり、PoXのスピードと効果を高めるのが共創方法論「IBM Value Engineering Method」と「IBMテクノロジー・パターン」の実践です。
「IBM Value Engineering Method」は、手と頭を同時に動かし、ユースケース創出、開発、検証、評価を通じて「お客様に感動(WOW!)をお渡しする方法」を見つけ出します。
図1 リスクを抑えながらユーザー課題を解消するDX構想アプローチ
上の図はメソッドの典型的な進行パターンを示したものですが、実際にはこれほど単純には進まず、さまざまな展開例が生まれます。しかしメンバーは常に「価値創出に必要なピース」を見極め、カタリスト(触媒)としてそのピースを調達し、ビジネス上の制約をむしろ強みへと変化させていきます。
図2 Value Engineering Method – お客様とのタイムライン(全体)
ここでは、そうしたMVPが共創へと発展している事例を簡単に紹介します。
・ 高齢者の転倒という社会課題への3社共創チャレンジ
国内大手製薬会社様と、数々の製品で世界No.1シェアを誇る国内部品メーカー様との3社による「転倒トータルサポート」共創プロジェクト。現在、さらに大きな社会価値を創出するために、4社目5社目を加えた形での展開を推進中。
他にも、「
健康支援」「
メタバース」「
データサイエンス」などがオンライン記事を通じて紹介されています。
WOW ! とIBMテクノロジー・パターン「IBM Value Engineering Method」と並ぶもう一つの共創手法が、今年から新たに導入された「IBMテクノロジー・パターン」です。
IBMテクノロジー・パターンは、CE設立以降の5,000件を超えるPoX開発活動を通じて生まれ育まれたもので、IBMの有しているアセット、スキル、機動力を3つのP(ピープル、プロセス、プロダクト)と掛け合わせることで「最高峰レベルのPoX」をお客様に提示します。現在、12のテクノロジー・パターンが用意されており、今後さらに増加する予定です。
しかし、パターンが「絶対解」ではないことは、常に気に留めておかなければなりません。「パターンの外側に新奇性や特異性を求めて踏み込んでいく探究心」を失えば、凡庸が急迫してきます。
先日来日したCEのグローバル・リーダー Christopher J Konarski(クリス)は、日本のCEメンバーにこう伝えました。
「お客様に[WOW!]を与えなければ意味はない。体験がすべてなのだ。IBMテクノロジー・パターンはその体験を素早く効果的にするためのものであり、そこに加えられる最後の[WOW!]は、お客様のことを考え抜く皆さんの意思と行動から生まれるのです。」
写真:日本の「火消(Fire Fighters)がプリントされたTシャツのプレゼントに喜ぶクリス
最後に | 我われの活躍が、日本社会を変えていく最後に、1つ告白をいたします。実はCEはお客様の変革をご支援するためだけに活動しているわけではありません。我われはお客様の変革を成功に導くことで、お客様のIBM自身の変革を求める「圧」と、社会の変革を求める「熱」を高めているのです。
CEとの共創を経験したお客様は、IBMの他の部門やチームに対しても「スタートアップ企業の様なスピード感」を求めることでしょう。また同時に、IBM以外の共創相手にも、CEと同様のスピード感を求めるようになるでしょう。それは、社会全体の共創を力強く後押しします。
最後までお読みいただきありがとうございました。敢えて、自分たちに大きなプレッシャーをかけ、この記事を締めさせていただきます。
私たち(この「私たち」は、失われた30年とも呼ばれる日本経済の低迷を、強い意志と変革力で断ち切ろうと考えている読者の皆さんを含んでいます)の活躍が、日本社会を変えていくのです。
著者
※記事中の役職名は執筆時のものです。
#ProVision