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デジタルツインで紐解く「データ解析、シミュレーションの向こう側」(vol98-0004-AI)

By IBM ProVision posted 22 days ago

  
“Chosha.jpg"
青田 健太郎
Aota Kentaro
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBM Consulting Technology Orchestration
Senior Project Manager / Senior Managing Consultant
日本語入力システムのソフトウェア開発者、車載組み込みソフトウェアのプロジェクトマネージャーを経て、2015年 日本IBMに入社。IVI(In-Vehicle-Infotainment)開発のプロジェクトマネジメント支援、組み込みソフトウェアの品質管理コンサルティング、自動運転車両のアーキテクチャ開発支援など、多岐にわたる業務に従事。2019年からデジタルツインを応用した自動運転車両のシミュレーション評価システムの開発に携わり、以降領域を問わず、デジタルツイン/シミュレーション技術を応用したソリューションの開発・提案・プロジェクト推進をリードしている。

デジタルツインという概念が世の中に現れてから久しいですが、その定義は曖昧です。ゆえに、そのポテンシャルが十分に発揮され、期待通りに成果が出ているとは言えません。
ここで、あらためてデジタルツインとはなにかを定義し、実態と比較し、欠けているピースを明確にしたうえで、それをどのように埋め、それによってなにが実現できるのかを考えたいと思います。
ここ数年、新しい技術がバズワードとして取り上げられ、抽象的な概念論と、技術的な裏付けを伴わないユースケース論だけが展開されたあげく、新しい価値が何ら具現化しないまま廃れていくケースが多く見られると感じます。デジタルツインを同じような一過性の流行りにとどめることなく、技術論によって具体的な価値の実現と実績の創出に貢献することが、私の目標であり、今回の寄稿の目的でもあります。

1. デジタルツインとは

デジタルツインとは、さまざまな目的で使用できる物理的資産、プロセス、人、場所、システムなどのデジタル複製を指します[1]。このとき現実すなわち物理空間上の環境と構築したデジタル空間を高い精度で一致させるため、デジタルツイン(双子)と呼ばれています。特徴は、
  • オブジェクトやシステムのライフサイクル全体を仮想的に表現
  • リアルタイム・データを元に更新
にあり、下記の点で単なるシミュレーションと異なります。
  • 単独ではなく複数のプロセスに作用
  • 蓄積された過去のデータだけでなく、リアルタイム収集されたデータを活用
  • データの流れが双方向、すなわち収集だけではなく、物理空間にフィードバックするプロセスを含む
図1. デジタルツイン/デジタルツインとシミュレーション

2.デジタルツインへの期待

デジタルツインには、主に下記の効果が期待されています。

データの視覚化:
収集したデータを用意されたシナリオに則って分析するだけでなく、物理空間のコピーとして表現し、事前に予測できないデータ同士の関連性を見いだしたり、物理空間では観測が難しいところ(死角や予期しないタイミングで発生する事象など)を抽出できることが、従来のデータ分析には無い効果として期待できます。目視や物理的な監視に頼らず、見えなかった事象や関係性をあきらかにできるということは、検査コストの削減と品質の向上につながります。例えばデジタルツインを活用した航空機エンジンのメンテナンスは、このことを示す事例といえるでしょう。
図2:「デジタルツインによるデータの視覚化」https://www.ibm.com/blogs/solutions/jp-ja/manufacturing-iot-digital-twin/

大規模シミュレーション:
シミュレーションは対象が限定的になりがちです。対象を選定し、データを集め、モデル化する上で、なにをどこまでシミュレーションに含めるか、対象の選定に試行錯誤が必要なためです。データの収集・モデル化から、デジタル空間への反映までを自動化できれば、この環境構築コストを大幅に削減できます。同時に、シミュレーション対象をデータ収集できる領域全体まで広げることもできます。自動運転のシミュレーションやスマートシティの検証で、実車やモデル都市を用意せずとも机上検証ができれば、低リスクで事前評価が可能となり、大きな価値を生むと考えられます。
自動運転車の評価では、公道における走行実績がよくとりあげられますが、こうした実証実験のためには、事前に評価要件を定義し、合致する経路を選択したうえで認可を取得し、事故や交通への影響を最小限に留めるために入念な準備が必要です。これらをシミュレーションで代替できれば、評価開始までの期間短縮、経路選択における自由度の向上、計画〜実施における大幅なコスト削減が期待できます。
図3:デジタルツインによる大規模シミュレーション

高度な予測:
リアルタイムで物理空間のデータを収集し、デジタル・コピーを生成するということは、デジタルツイン上のシミュレーションが、現実で発生した事象と同じ条件で動作することを意味します。また、天候の変化や事故の発生など予測できない事象を取り込み、その影響を検証することもできます。
フィードバックを考えたとき、環境や前提の違いがあると、予測結果と実態の間に大きなギャップが生じ、的はずれなものになりかねません。事前の仮説検証コストを削減し、こうしたギャップの発生を最小限に抑止できるという観点においても、大きな期待がかかります。
これまでより高い精度で予測ができれば、部品の故障や渋滞といった事象に対し、事前に対策が可能になります。例えば設備保全において、刻一刻と変化する環境の変化をリアルタイムに反映し、それらの影響を踏まえて最適なタイミングで予防/予知保全ができれば、最小限のコスト(不必要に早く保全措置をとる必要がなくなる)で工場の稼働率を維持することができます。
図4:デジタルツインによる高度な予測 https://www.ibm.com/blogs/solutions/jp-ja/cloudvision8-cio/

こうした期待もあり、米Deloitte社の調査によると、デジタルツインの世界市場は年率38%で成長しており、2023年には160億ドルに達すると予想されています[2]。

3.デジタルツインの現状

デジタルツインの定義と効果を、その対象と時間軸で評価すると、下記のように表せます。
図5:デジタルツインの位置づけ

データ解析が過去に蓄積したデータをもとに、過去の事象を分析するのに対し、リアルタイム解析はより現在に近い状況の解析、シミュレーションは近未来の予測、デジタルツインはさらに未来までの予測を実現します(この図でいう対象とは解析・予測の対象のことで、周辺環境とは対象の広い/狭いではなく、主体以外の領域のことを意味します)。
図で見てわかるとおり、デジタルツインは目的が主体の行動予測・解析(右下)にありながら、データ収集やシミュレーションの対象は周辺環境(右上)にまでおよびます。これは、観測対象を主体だけでなく周辺環境まで広げ、相互に及ぼしうる影響までシミュレーションしてはじめて、多様な条件下で発生しうる事象まで予測できるようになるためです。

では、現実にデジタルツインの効果は、期待に対してどの程度発揮されているかといえば、デジタルツインの解釈はあいまいで、ゆえにその効果は限定的であると考えます。
例えばデジタルツインはWikipediaでは下記のように定義されています。
図6:デジタルツインの定義(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%84%E3%82%A4%E3%83%B3

この定義だと、デジタルツインとは物理モデルと仮想モデルの間を、センサーを用いて取得したリアルタイム・データで接続すれば成立することになります。
世の中におけるデジタルツインの解釈も人や立場、期待によってことなります。リアルタイムを注視した解釈もあれば、3Dモデリングを活用した視覚化に着目した解釈もあり、近年ではメタバースとも混同されがちです。これは、デジタルツインへの期待が大きく、解決したい課題が多方面に及ぶ一方、未解決の技術要素に関する議論が不十分なまま、特定の技術だけが着目され、過剰に喧伝されていることが要因と考えます。デジタルツインを構成する技術は幅広く、課題に対して正しい技術を適用できなければ、期待通りの効果を得ることはできません。

総務省が発行した「デジタルツインの現状に関する調査報告の請負 成果報告書」[3]によると、デジタルツインの活用事例の全体傾向として、現時点でもっとも活用がすすんでいるのは製造業、プラント・エンジニアリング、国土計画・都市計画の3分野、とあります。一見多方面で活用が進んでいるように見えますが、実際には製造業での事例はセンサー導入による異常検知および蓄積データのAIモデル化による故障検知、プラント・エンジニアリングの事例は収集したデータに対するリアルタイム分析にとどまり、国土計画・都市計画における事例はまだまだ構想・研究段階であり、単なるシミュレーションの域をでていません。
また、Symmetry Dimensions Inc.社が公開している「デジタルツイン業界カオスマップ」の2021年版[4] / 2022年版 [5]とを比較すると、Solution Providerの中心が変わらずManufacturing/AEC Industryである一方で、Smart City/Cross IndustryがUrban designに置き換えられています。あらたな分野への展開が大きく進まない一方で、具体的な適用と効果計測も思うように進まず、対象をより抽象的なものに広げた上で、試行錯誤が続いていると推測します。

今後、デジタルツインがさらに発展し、課題解決に貢献していくためには、現状を正しく把握し、あるべき姿とのギャップを明確にし、技術開発を進める一方で、確立されている技術を正しく活用することが重要です。
さしあたり、筆者が考えるデジタルツインの理想と現実を示したのが下記の図です。
図7:デジタルツインの実態

デジタルツインを単なるシミュレーション技術から進化させるためには、より正確に、多様な条件下における行動を予測するために、周辺環境のシミュレーション技術を成熟させる必要があります。このことは、前述の「デジタルツインの現状に関する調査研究の請負 成果報告書」[3]にも普及に向けた課題として記されています。周辺環境のデータに着目し、主体のシミュレーションモデルと相互作用させることによって、より正確で幅広い予測を実現することが、次に解決すべき技術課題といえます。

4.デジタルツインの未来

この技術課題をどう解けばいいのか。これに対し見解を述べ、本稿の締めくくりとしたいと思います。
正確で幅広い予測を実現するために、主体と周辺環境の相互作用が重要であることを考えると、主体だけでなく周辺環境も、自律的に運動するエージェントであるべきです。つまり、物理空間から収集したデータを再現するだけでは不十分だということです。例えば車両をシミュレーション評価するとき、ある車両が減速したとすれば、後続の車両も減速したり車線変更したり回避行動をとるべきで、先行車の動きを無視して実車の動きをそのままトレースしても意味がありません。さらに、この周辺環境は「論理的には発生する可能性があるが、実際発生することはまれな事象」(例:危険運転や事故の発生)を一定の割合で含む必要があります。危険運転や事故など、現実世界で評価することが難しい事象を確認できることこそ、シミュレーションの意味であり、その結果をフィードバックすることでプロダクトの価値がさらに増すからです。
図8:自動運転の評価に必要な「周辺環境」

この自律的かつ希少な事象を含むシミュレーションこそ、前述の課題克服に必要な技術です。ただし、周辺環境のあらゆる要素を精密なエージェントとして実装することは事実上不可能です。必要な要素だけを物理空間から抽出しつつ、限られたリソースで自律行動を再現する、適切な抽象化をどう実現するかが、デジタルツインの未来への鍵になると考えます。

最後に、上記の課題克服に向けた日本IBM®の取り組み事例を紹介し、あらためてデジタルツインの可能性を感じていただければと思います。

IBM Dynamic Scenario Generatorは自動運転機能を提供する車載ソフトウェアの検証・評価を目的としたシミュレーター・ソフトウェアであり、3次元高精細地図に基づく空間に、自動運転車両を取り巻く様々な交通状況を無数に作り出し、自動運転機能の開発効率化を支援します。特に下記3点において、他のシミュレーター・ソフトウェアとは異なる特徴を持ちます。
1. 周辺車両の挙動を自動で生成する。シナリオの入力や詳細な設定を必要としない
2. すべての車両の自律行動と相互作用を前提としており、多様な状況下における自動運転機能を評価し、フィードバックできる
3. 「目的地までのルート」「目標車速」「目標車間距離」の組み合わせで車両の挙動を実現しており、大量の学習データや膨大なコンピューティング・リソースを必要としない
図9:Dynamic Scenario Generator

周辺車両が自律的に走行すること、シミュレーションの主体=自動運転車両との間で発生する相互作用を前提にシミュレーションを行うこと、物理空間から抽出したデータ(プローブ・データ)を取り込む手段を持っていることから、まさにデジタルツインの課題解決につながる技術だと言えるでしょう。
また、Active matterの原理の応用が、上記3つの特徴を実現するうえで非常に重要な技術としてあげられます。
Active matterとは、自律的に運動する仕組みを持ち、相互作用する物質や物体の総称で、鳥や魚の群れが全体を統率する存在なしに秩序だった集団行動を行うことの原理です[6]。鳥や魚の場合、周辺の別の個体との間隔や前方を行く個体の進行方向に影響を受け行動した結果、全体として秩序だった行動に帰結するといわれていますが、これを「目的地までのルート」「目標車速」「目標車間距離」にあてはめ、個々の車両の動きとその集まりとしての交通流を生成するのがIBM Dynamic Scenario Generatorの基礎技術です。なお、これに類似した考え方を歩行者の振る舞いに当てはめたのが Social force モデルであり、歩行者の行動モデルや避難シミュレーションなどに応用されています[7][8]。このActive Matterの原理が、適切な抽象化の解決策になる可能性は高く、車両や人以外のエージェントへの適用についても研究開発をすすめています。

すでに高速道路における自動運転車両の評価でご利用いただいている技術ですが、引き続き
• 交差点・信号を含む一般道走行への対応
• 車両外の歩行者、自転車エージェントへの対応
• 実交通流のデータから特徴量抽出およびエージェントパラメータ調整の自動化
への対応をすすめています。
IBM Dynamic Scenario Generator およびその基礎技術を応用したデジタルツイン技術のさらなる進展と、それがもたらす効果に、今後もぜひご期待ください。

[参考文献]
[1] Wikipedia:「デジタルツイン」、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%84%E3%82%A4%E3%83%B3
[2] Adam Mussomeli, Brian Meeker, Steven Shepley, and David Schatsky: Expecting digital twins, Deloitte Insights https://www2.deloitte.com/content/dam/insights/us/articles/3773_Expecting-digital-twins/DI_Expecting-digital-twins.pdf
[3] 総務省情報流通行政局情報通信政策課情報通信経済室: デジタルツインの現状に関する調査研究の請負 成果報告書
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei//linkdata/r03_06_houkoku.pdf
[4] Digital Shift Times:「デジタルツイン 業界カオスマップ」の2021年8月版が公開
https://digital-shift.jp/flash_news/FN210819_6
[5] QEEE: デジタルツイン開発を行うシンメトリーが「デジタルツイン 業界カオスマップ」を公開
https://qeee.jp/magazine/articles/11301
[6] 理学研究所: 量子の世界で群れを作るー量子力学に従うアクティブマターの理論的提案―
https://www.riken.jp/press/2022/20220317_1/index.html
[7] 牧野嶋文康、今村文彦、安倍祥、東北地域震災科学研究 第52巻:ポテンシャル場とSocial Force モデルを用いた群衆避難行動の検討
http://nds-tohoku.in.arena.ne.jp/ndsjournal/volume52/52-38.pdf
[8] 伊織瞳、藤田悟、情報処理学会第79会全国大会:シミュレーションを用いた歩行経路推定の精緻化
https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=181085&item_no=1&attribute_id=1&file_no=1&page_id=13&block_id=8


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