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小島 正行 Masayuki Kojima 日本アイ・ビー・エム株式会社 テクノロジー事業本部 IBM Zテクニカル・セールス エグゼクティブ・テクニカル・スペシャリスト |
1989年入社。金融や保険のお客様を中心にオープン系システムを含むインフラの全体最適化設計、IBM Z上の大規模システムの設計、性能評価などを幅広く経験。現在はIBM Zをお使いのお客様のモダナイゼーションに向けた提案活動に従事。 |
IBM® Z®[
1]は1964年に発表されたSystem 360の流れを汲む汎用コンピューター、所謂メインフレームです。現在も世界中のお客様の基幹業務を支える基盤として利用され続けています。一方、分散サーバーの進化、クラウド利用の普及、そしてお客様のデジタル・トランスフォーメーション(Digital Transformation、以下DX)の流れなどがあり、IBM Zも大きな変化が求められています。そこで、次の4回のシリーズでIBM Zの今後とDX対応について特集します。
1. IBM Zテクノロジーの現在と今後 (4月発行済み)
2. Hybrid CloudにおけるIBM Zの位置付け (7月発行済み)
3. IBM Zのモダナイゼーション (今号)
4. IBM Zのデータセキュリティ戦略 (予定)
本稿ではDXを推進するために、これまで基幹システム(System of Record、以降SoR)を支えてきたIBM Zをどのようにモダナイズし、新しい価値を提供するハイブリッド・クラウドの基盤として活用していけるかを、具体的なアプローチ方法を交えてご説明します。
SoRにおけるDXの現状
DXはテクノロジーを組み合わせて自社のビジネスを変革し競争上の優位性を確立することと定義され、企業はスピーディーに取り組むことが必要であるとされています[
2]。一方所謂DXレポート2[
3]では、95%の企業はDXにまったく取り組んでいないか、取り組み始めた段階であり、DXに向けた取り組みが不十分であると指摘されています。
またIBMの実施しているグローバル経営層スタディ[
4]では、データ利活用で先行している企業は売上成長率と収益性の面で競合他社を上回り、イノベーション能力と変革活動の面でも他社を凌駕していると評価されています。
FinTechに代表されるように、新しいテクノロジーを活用してこれまでにない価値を提供する取り組みが主に顧客接点のためのシステム(System of Engagement、以降SoE)の領域を中心に行われています。SoRは数十年に渡りお客様のビジネスを支えるために新たな業務ニーズや制度改正対応などに応じて改善を積み重ねながら活用されてきました。一方でお客様のビジネスを支える基盤である故に、変更を伴う新しいテクノロジーの採用に消極的になっているという側面があると筆者は考えています。
企業が本格的かつスピーディーにDXに取り組むには、新しいテクノロジーを活用し、企業活動の根幹であり価値の源泉であるSoRのアプリケーションやデータを活用し、新たな価値につなげることが不可欠です。
DX実現に向けたSoRの課題SoRは特定業務処理ごとに最適化され、信頼性/可用性/運用性やアプリケーションの上位互換性など高く評価されている一方で、これまでにない柔軟性を求められるDXに対して迅速に対応することが課題となっています。
今後DXへの対応が求められていく中で、多くのお客様で感じられているSoRに関する代表的な課題を4つの観点から図1に整理しました。
図1 SoRに関するお客様の代表的な課題
(1)プラットフォーム視点
稼働するハードウェアやソフトウェアを含む基盤の視点から見ると、SoRはミッション・クリティカルな業務に求められる機能・非機能要件を満たすためにインフラ、アプリケーション、運用が一体となって実現されています。長年に渡る改善の繰り返しによるブラックボックス化や旧来からの開発/維持/運用方法の継続などにより、結果的に維持運用コストの高止まりと共に、DX対応などのこれまでにない新しい要件に迅速に対応するのが難しくなっています。
また主に維持管理費用などのコスト削減の観点から、クラウド上での全面再構築により一気に全てを刷新する検討をされるケースもありますが、そのためのコストと期間、求められる信頼性/可用性/運用効率性/セキュリティーなどの実現に課題が多いのも現実です。
(2)アプリケーション視点
SoRのアプリケーションの多くは長年に渡るメンテナンスにより、最新の開発仕様書がない、改修時の影響分析やテストの工数が膨大など多くの課題が指摘され、スピード感の求められるDX対応の障壁の1つとなっています。
また開発者の高齢化や旧来からある開発ツールやスタイルが新規技術者にとっての障壁になっているという課題もあります。新型コロナ禍でのテレワークの広がりからリモート開発に対するニーズも高くなっています。
(3)データ視点
データ構造がSoRを効率的に処理するために最適化されていて、これまでにない新たな分析用途での活用が難しいケースがあります。またメインフレームの資源への影響や既存業務への負荷を避けるため、SoRのデータを切り出して分散サーバー上の分析基盤で活用されているケースもあります。しかし使用できるデータが特定の時間断面(例えば前日夜の時点)であったり、用途毎にデータが散在していたり、今後よりデータの鮮度や精度、包括的な活用が求められるような場合には対応が難しくなります。
またSoRのデータのコピー先で機密情報や個人情報が適切に管理されているか、セキュリティー面でも考慮が必要なります。
(4)システム運用視点
これまでの運用監視では予め個別に設定した閾値に基づいて通知する方法がメインでした。昨今では複数のコンポーネントが連携するアプケーションが多く複雑になっており、何らかの事象があった際の把握や原因分析/特定のために収集すべきデータが多岐に渡り、また分析手法も複雑化しており、障害発生時には業務復旧までに時間を要することがあります。また、障害対応は各領域のベテラン技術者の対応が求められることが多く属人化しやすい領域です。
今後ハイブリッド・クラウドが進展すると、関連するコンポーネントはますます増えて運用管理の負荷の増加が想定されます。一方で障害発生時の影響は大きくなる傾向があり、安定的なサービス提供に対する要求は高くなっています。
SoRのモダナイゼーションに向けたアプローチIBMの調査[
5]によれば、多くのお客様のビジネスおよびテクノロジーのリーダーは、メインフレームは組織のITプラットフォームの重要な部分であり続けるだけでなく、DXを加速する上で中心的な役割も果たしていくと述べています。また、メインフレームとクラウドがシームレスに連携することで、企業全体に最先端の俊敏性と機能を提供すると共に、運用を保護し遅延を削減し、レガシーなプロセスをダイナミックなイノベーションのレベルにまで引き上げることができるとも述べています。
「SoRのモダナイゼーション」とは新しいテクノロジーを用いてSoRを高度化することで、企業価値の源泉であるSoRのアプリケーションやデータなどの既存資産を有効活用し、新たな価値をスピーディーに提供するアプローチと捉えることができます。既に国内外の多くの企業でSoRのモダナイゼーションに向けた取り組みが進んでいます。
第2回[
6]でIBM Zをハイブリッド・クラウド化して、例えばクラウド上に配置されたSoEとIBM Z上のSoRを柔軟に連携されることによってDXへの迅速な対応が可能になることをご説明しました。SoRとクラウド・ネイティブ技術を適材適所で組み合わせることでDX化を推進するために、以下の5つの観点からハイブリッド・クラウド化の検討を進めるのが有効だと考えています。
- クラウド・ネイティブ化:SoEやSoRでもスピードが求められる、頻繁に更新されるような部分はマイクロ・サービス化、クラウド・ネイティブ化、アジャイル化などを推進する
- SoR資産の有効活用:変化の少ないSoRのビジネス・ロジックなどについてはAPI化、データについては仮想化技術などを活用して有効活用する
- SoRとSoEの最適配置:SoRとSoEの配置先についてはEnd-to-endでの非機能面(可用性、管理容易性、セキュリティーなど)を考慮の上パブリック・クラウドやオンプレミスを含むプライベート・クラウドなどを決定する
- DevOpsの推進:SoRアプリケーションの開発/保守の改善のためにDevOpsを推進し、開発・保守のスピード、開発生産性と品質の向上を目指す
- システム運用の高度化、属人化への対応:新しいテクノロジーを使って高度化・効率化・自動化を進める
上記の5点を踏まえてSoRのモダナイゼーションを推進するためのアプローチを図2にまとめました。
図2 SoRのモダナイゼーションに向けたアプローチ
(1) プラットフォーム視点
あえて作り替える必要のないコアとなるビジネスロジックは有効活用しながら、スピーディーなサービス提供や改善が求められる部分にはクラウド・ネイティブ技術を活用して新たに構築し、柔軟に連携させるハイブリッド・クラウド化することをお勧めします。SoRのパブリック・クラウドでの全面再構築は非現実的だと考えています。
例えば第2回でもご紹介したように、新たに構築またはSoRから切り出す処理をRed Hat® OpenShift®でコンテナ化すれば、アプリケーションがインフラと分離されポータビリティーが向上するので、パブリック・クラウドでスモール・スタートし、ビジネスが拡大してより高可用性求められるようになったらIBM Zにアプリケーションを移すこともできます。コンテナの稼働環境としてはLinux® on IBM Zに加えて、第1回[
7]でご紹介したz/OS® Container Extensionsを使用することでz/OS上で稼働させることもできるので、柔軟なプラットフォーム選定も可能になります。
合わせてIBM Z®の新しいハードウェアやソフトウェアによる新しいテクノロジーを活用してSoRをモダナイズすることで、ブラックボックス化、属人化、高コスト化、技術者の高齢化、セキュリティーの強化などの課題にも対応できるようにします。
(2) アプリケーション視点
既存のSoRであえて作り替える必要のないコアとなるビジネスロジックは、API化してSoEやマイクロサービス化したアプリケーションと容易に連携できるようにします。
第1回[
7]でもご紹介したz/OS® Connect Enterprise Editionを活用することで、既存のCICSやIMSアプリケーションをAPI化することができます。新しいサービスを提供する場合に、プレゼン・ロジックからビジネス・ロジックおよびデータ・アクセスまで全てを新規開発する場合と比較して、図3の通り既存アプリのビジネス・ロジックをAPI化して再利用することで、よりスピード感を持って効率的に対応することが可能になります。
API化に当たってもGUIベースのツールによりコーディングなしでREST APIを生成することが可能です。またSoEのデジタル・アプリの開発者はAPIを呼び出すだけでSoRの構造を熟知する必要はありません。
API化することで開発期間が大幅に短縮され、スピーディーに新サービスを提供できたなどの効果を実感された事例が多数あります。
図3 既存アプリへのAPIアクセス
SoRアプリケーションの開発/維持では、図4のようにステップ1として、以下のようにニーズや課題に応じた様々な観点からDevOpsに着手することができます。
- 開発者が使用するツールを豊富な支援機能が使用可能なGUIベースのツールに置き換えて、生産性向上と共に新しい人材登用のハードルを下げることに着手する
- 開発〜単体テストを分散サーバー上で実施できるようにして開発環境の柔軟性を目指す
- アプリケーション間の相互依存を可視化し、変更時の影響範囲特定の効率化やAPI化候補の発見に使用する
- これらに加えてセキュリティー対策や開発プロセスの標準化などと合わせてリモート開発の環境を整える
次のステップとして開発プロセス、バージョン管理やリソース管理の自動化、テストやデプロイの自動化を取り入れて、さらに開発/保守を効率化していくこともできます。
図4 DevOpsの推進
(3) データ視点
より鮮度の高いデータを分析で活用する、分析結果と既存トランザクションとを連携する、SoRのデータと他のデータを組み合わせてAIで活用するなど、DX実現に向けてこれまでにないデータ活用のニーズが出てくることが想定されます。特にデータ鮮度を優先するケースでは、SoRのデータをコピーせず直接活用する方法が有力な選択肢となります。
SoRのオンライン・トランザクションに機械学習による結果を組み込むことで、リアルタイム不正検知などの使い方が可能になります。
また、図5のデータ仮想化ソリューション(Data Virtualization Manager for z/OS®、以下DVM)によりこれまで分析用途では直接アクセスが難しかった階層型データベースやファイル形式のデータも表形式のデータとして分析用途に使用することが可能です。DVMを活用することでデータベースへの抽出(Extract)、変換(Transform)、ロード(Load)処理を不要にして最新データのリアルタイム・アクセス、モバイルアプリから直接SoRデータを活用、様々なデータをJOINしてより高度な分析を実現するなど、多くのお客様で活用が進んでいます。
図5 データ仮想化ソリューション(DVM)によるメインフレーム上のデータの直接活用
(4) システム運用視点
システム運用管理領域に機械学習(AI)を取り入れて、運用管理の効率化や障害対応の迅速化、障害の未然防止を実現するAIOpsに注目が集まっています。過去の正常稼働パターンと障害パターンを学習させておくことで、障害を未然に検知して通知したり、知見に基づき必要なアクションを提示することで問題解決の迅速化を図るなど、システム運用の複雑化や属人化への対応とサービス品質の向上を実現することができます。
図6 運用管理の高度化・脱属人化
また第1回でご紹介したクラウド・ネイティブ技術であるAnsibleを活用して、z/OSを含むハイブリッド・クラウドの構築や構成管理の作業の自動化を一元化することも可能になっています。
モダナイゼーションのステップモダナイゼーションに向けた4つのアプローチはどのように進めて行けば良いのでしょうか。進め方の一例として図7に段階的・継続的にモダナイゼーションを進めるためのステップを整理しました。
まずはSoRに対する新しいビジネス・ニーズと制約、現状の課題を整理します。並行してアプリケーションとデータの現状を把握します。実はこのステップが最も重要です。多くのSoRシステムは長年に渡って維持、運用され大規模・複雑化しており、ビジネス・ニーズをシステム施策に落とし込む上では、SoRのアプリケーションとデータ、システム運用の現状を正しく把握しないと最適解を判断できないからです。
その上で対象領域とその実装方法の整理と優先順位を検討します。必要に応じてPoCやトライアルにより機能や効果を検証した上で実行計画に落とし込みます。
SoRのモダナイゼーションはビジネス・ニーズや課題に応じて大きな効果の見込める領域から着手し段階的・継続的に進めることができます。
図7 SoRモダナイゼーションのステップ
IBM Z上のSoRのモダナイゼーションの価値 (まとめ)
SoRはお客様のビジネスの根幹を支えており、そのビジネス・ロジックやデータは最も重要な資産です。一方で長年に渡りニーズの変化に対応するために改善を積み重ねながら活用されてきており、大規模・複雑化し、その維持管理に多くの工数とコストを要していることから、ダウンサイジング、クラウド化などを検討されるケースもありますが、大規模・複雑であるが故にそのためには多くの困難が伴うのが現実です。
テクノロジーの進化により以前はできなかったことが可能になっており、それはIBM Zの世界も同じです。企業が本格的かつスピーディーにDXに取り組むには、進化したテクノロジーと企業活動の根幹であり価値の源泉であるSoRを有効活用し、新たな価値につなげることが不可欠です。
第三者機関の調査[8]では、IBM Zが提供する多くのイノベーションを活用した方が、他のプラットフォームに移行するよりも、量的、質的に効果が高いと評価されています。
IBM Zは最高レベルの堅牢性とハイブリッド・クラウドやAIなどの最新のテクノロジーを組み合わせた、お客様のDXを支えるプラットフォームとして進化を続けています。数年〜十数年毎にハードウェアとソフトウエアを全面的に更改するこれまでの大規模更改方式から、新しいテクノロジーを取り入れながら継続的なモダナイゼーションに切り替えていただくことにより、スピード感を持ってDXを支える基盤に生まれ変わることができます。
今後も既存資産や投資を最大限に活かしたDX実現にお客様と共に努めてまいります。
[参考文献]
[1] IBM: IBM Z, https://www.ibm.com/jp-ja/it-infrastructure/z
[2] 経済産業省「DX 推進指標」とそのガイダンス, https://www.meti.go.jp/press/2019/07/20190731003/20190731003-1.pdf
[3] 経済産業省 デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会 中間とりまとめ,
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation_kasoku/20201228_report.html
[4] グローバル経営層スタディ, https://www.ibm.com/services/jp-ja/studies/csuite/2020/
[5] Application modernization on the mainframe, https://www.ibm.com/thought-leadership/institute-business-value/report/application-modernization-mainframe
[6] デジタル・トランスフォーメーションにおけるIBM Zの役割 (第二回) ― Hybrid CloudにおけるIBM Zの位置付け, https://community.ibm.com/community/user/japan/blogs/provision-ibm1/2021/07/19/vol97-0011-mainframe
[7] デジタル・トランスフォーメーションにおけるIBM Zの役割(第一回) ― IBM Zテクノロジーの現在と今後, https://community.ibm.com/community/user/japan/blogs/provision-ibm1/2021/04/21/vol97-0005-mainframe
[8] IDC Whitepaper:IDC The Quantified Business Benefits of Modernizing IBM Z and IBM i to Spur Innovation, https://info.rocketsoftware.com/rs/532-BSI-872/images/IDC-whitepaper-The-Quantified-Business-Benefits-of-Modernizing-IBM-Z-and-IBM-i-to-Spur-Innovation.pdf
*ProVISION 記事一覧はこちらから
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