新型コロナウイルスによって、企業の行事や活動にもさまざまな対応策が求められています。2021年4月1日に行われた日本IBMの入社式も、2年連続でオンライン上での「デジタル入社式」となりました。式典をストリーミング中継して、テキストメッセージを使ったコミュニケーションを実現した前年の形式をベースにさらなる検討を重ね、今年は新入社員一人ひとりに割り当てられたアバターを用意し、フランクなチャットやスタンプを活用することで、より一体感を醸成する工夫が凝らされました。この日本IBMの取り組みを、卓越したクリエイティブの技術力とノウハウで支えたのが株式会社ワントゥーテン(以下、ワントゥーテン)です。「ソリューション×エクスペリエンス(体験)」をコンセプトに掲げる、同社のデジタル活用のビジョンについて聞きました。
株式会社ワントゥーテン 代表取締役社長 澤邊芳明氏(左)、新事業本部 事業開発部 ビジネスプロデューサー 科野隆史氏(右)
出席者全員の一体感を醸し出したデジタル入社式
日本IBMとともに、デジタル入社式の仕組みを構築してきたワントゥーテン 代表取締役社長の澤邊芳明氏は、「もともとは『キングダム』のワンシーンのような世界をオンライン上に具現化すれば、出席者全員の一体感を生み出せるのではないか、という単純なアイデアから始まりました」と話します。
キングダムとは古代中国の春秋戦国時代末期を舞台とした人気のコミックス(作者・原泰久氏、集英社刊)で、澤邊氏が具現化したいと考えたのは、大将軍が檄を飛ばすと数万人の軍勢が雄叫びを上げて応える場面です。作中では群衆のどよめきや大歓声が、「オオオオォー」「ワァァァー」といったいわゆるオノマトペ(擬音語)で表現され、あたかもその場にいるかのような高揚感が伝わってきます。
今年のデジタル入社式では、新入社員のために構築されたIBM Cloud上の壮大な宇宙空間をバックに代表取締役社長山口明夫が語りかけると、それに呼応して新入社員たちの感情のうねりがリアルタイムに表現されるという演出が行われました。
新入社員たちのインプットするコメントが即時にシェアされるとともに、膨大なコメントをもとにWatson Tone Analyzerが感情を解析し、それに応じて顔絵文字や紙吹雪が溢れるのです。参加した新入社員からは「新感覚でワクワクが止まらなかった」「これだけ大勢の参加者が気持ちを交換することができるテクノロジーの可能性について考えさせられた」といった声が寄せられました。
2021年 IBM デジタル入社式
一体感を感じたのは話し手も同様です。大規模なオンラインセミナーなどでもよくありますが、PCのカメラとマイクに向かって何を語りかけても反応が得られない状況では、聞き手のニーズに応えたい話者にとっては、やりづらさを感じます。話し手に、聞き手の心が動いていることが伝わることで、生き生きとした臨場感が生まれるのです。
「入社式の終了後には、山口社長からも『一つひとつの言葉が皆に響いていることがダイレクトに伝わってきて、私も新入社員の熱気を感じながら話すことができました』というお言葉をいただき、デジタルを活用した『ソリューション×エクスペリエンス(体験)』の新しい可能性を示すことができました」と澤邊氏は話します。
株式会社ワントゥーテン 代表取締役社長 澤邊芳明氏
引き算のアプローチでエクスペリエンスの本質を明らかに
もっとも今回のデジタル入社式で用いたテクノロジーは、決して特別なものではありません。ワントゥーテンではこの仕組みを「2次元と3次元の間に位置する2.5次元空間のコミュニケーション」と位置付けています。世界最先端のテクノロジーを活用することよりも、今回はあえて目的を達成するために最適なテクノロジーを最大限に活用することに徹しました。
ワントゥーテンは、さまざまな分野の150名近いクリエイターとテクノロジストを擁するクリエイティブ集団です。特に、現実空間と仮想世界を融合させる「XR」と総称される領域やAIなどの先端テクノロジーを強みとして、数多くのプロジェクトを導いています。
日本IBMは人気小説『ソードアート・オンライン』(KADOKAWAディアワークス)とコラボし、2016年3月に体験イベント「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング Sponsored by IBM」を開催しました。プレイヤーの身体をスキャンした精密な3Dアバターを作成し、ヘルメット型のVR装置をかぶってログインすることで、小説内で描かれたオンラインゲームの世界観をリアルに体験できるというものです。抽選倍率500倍となったこの斬新なイベントは大いに注目を浴びました。この企画を支援したのもワントゥーテンのクリエイティブ集団です。
しかし、今回のデジタル入社式は、これまでのワントゥーテンの取り組みとは性質の異なるものと言えます。ワントゥーテン 新事業本部 事業開発部 ビジネスプロデューサーの科野隆史氏は、この方針選択を行った理由を次のように話します。
「最先端テクノロジーを駆使して現実世界のイベント会場をリアルに再現したVR空間に新入社員を招き入れ、体験してもらうことも考えられましたが、『今回やるべきことはそれじゃない』というのが、私たちと日本IBMに共通する考えでした。新入社員を迎えるにふさわしいあたたかい場を作りたい、社会人としての一歩を踏み出す記念すべき瞬間を、約600名の新入社員はもちろん、その家族や、社員とともに祝福したいという強い想いがありました。参加者が自宅などのリモート環境で利用している端末のスペックやネットワークの品質にはバラツキがあります。複雑な操作をさせたり、重いソフトウェアをダウンロードさせたりするのは困難です。また、開催本番まで約2カ月間という準備期間も考慮すると、すぐに使えるテクノロジーを使って何を実現できるかを追求する必要がありました」
そして澤邊氏は、「不要なものをどんどん削ぎ落していく引き算のアプローチで、求められるエクスペリエンスの本質を明らかにすることが、今回のデジタル入社式における最大のチャレンジでした。こうして行き着いたのが、誰もが自然体で参加して、『サクっと横のつながりが生まれる』仕掛けと仕組みです」と強調します。
株式会社ワントゥーテン 新事業本部 事業開発部 ビジネスプロデューサー 科野隆史氏
「ソリューション×エクスペリエンス」にかける思い
ワントゥーテンは、澤邊氏が24歳だった1997年に創業し、20年以上の歴史を持つ企業です。高度なクリエイティブの技術力を有するワントゥーテンですが、そのビジネスのビジョンは必ずしもテクノロジー・オリエンテッドではありません。先の澤邊氏の言葉にもある「ソリューション×エクスペリエンス」にこそ根幹があります。
19歳のときに遭った交通事故によって、身体に重い障がいを負った澤邊氏自身の人生観にも大きく関係しています。澤邊氏は次のように語ります。
「リハビリの入院期間というのは、ものすごく退屈なのです。事故によって19、20歳の若輩でありながら人生を冷静に見つめる時間を半ば強制的に持つことになった私は、そのときに『人は何のために働くのか。そもそも何のために学んでいるのか』といったことを延々と考え続けました。
そのときに思ったのが、人々の中で自由になる時間が増えてきたときに、その時間をどう使うのかということです。テクノロジーによって自動化が進むことで世の中の効率は向上しました。一方、それによって得られた可処分時間を私たちは何のために生かしていくのでしょう。効率を上げることだけが資本主義の目的になっていて、いざ手にした時間をどう有意義に使うのかを考えることを置き去りにしてきたのではないでしょうか。結果として定年退職後に趣味もなく時間を持て余していたり、没頭できるものが何もないまま日々を過ごしている若者が増えているという話もあります。これは非常に深刻な現代病にほかなりません。
そこでワントゥーテンは、さまざまなプロジェクトを通じて人々に好奇心や気付きを与えることを目指しています。重視するのは、業務課題を解決するソリューションだけではなく、エンターテインメントとしての体験でもありません。どちらか一方に偏るのではなく、この2つの要素を掛け合わせた相乗効果を生み出し、社会を変えていくことが『ソリューション×エクスペリエンス』のビジョンです」
澤邊氏のこの言葉を受けて、科野氏も次のように語ります。
「特にバーチャルな世界のコミュニケーションのあり方にフォーカスすると、ともすればリアルの世界以上の合理性が求められることになります。そうではなく私個人としては、もう少し心の余裕というか、脳の余白を持たせることが必要ではないかと思っています。今の社会で要求されることは、あまりにもせっかちです。人々の頭の中は、すでにSNSやビジネスチャット、Webミーティングなどへの対応と情報整理で埋め尽くされており、まったく隙間がありません。
もっと余裕や余白を持ってこそ、人は自分自身を見つめ直すことができ、おそらくそこから創造性も生まれてくるのではないでしょうか。そして一人ひとりが創造性を発揮できる社会になれば、もっと人に優しくなれたり、地域に貢献したり、イノベーションを起こすことにもつながっていきます。そんな変革へのきっかけとなる『ソリューション×エクスペリエンス』を提供していけたらと思います」
パラスポーツへの貢献を通じて日本流のイノベーションを模索
こうしたビジネスのビジョンのもと、ワントゥーテンはさまざまなチャレンジを続けています。その1つがパラスポーツへの貢献で、自社開発した「CYBER BOCCIA(サイバー・ボッチャ)」を通じて、スポーツ庁が推進する「Sport in Life」プロジェクトに参画。年齢や障がいの有無を問わずスポーツを行うことが生活習慣の一部となり、一人でも多くの人がスポーツに親しむ社会を実現していこうとしています。
ボッチャとデジタルテクノロジーを融合させた「CYBER BOCCIA」
ボッチャとは、ジャックボール(目標球)と呼ばれる白いボールに向かって、それぞれ6個のボールを投げ合い、相手よりいかに多くのボールをジャックボールに近づけられるかを競うスポーツで、パラリンピックの正式種目にも選ばれています。そのボッチャの基本的なルールはそのままにデジタルテクノロジーで拡張することで、今までにないエクスペリエンスを生み出すのがCYBER BOCCIAです。より多くの人々にボッチャの魅力や楽しさを伝えたいというその開発の思いが、Sport in Lifeプロジェクトと合致しました。
日本中のさまざまな場所で楽しみながらパラスポーツを体験してもらうことで興味や関心を高め、競技の普及を目指すとともに、体験料の一部を日本ボッチャ協会に寄付して選手の強化や育成に役立てるスキームが作られました。
「デジタルテクノロジーを活用したイノベーションの今後を展望したとき、GAFAなどが先行するプラットフォームビジネスで日本が巻き返すことは、残念ながらかなり厳しいと言わざるを得ません。しかしゲームやアニメをはじめ、新たなエクスペリエンスを作りだすことについては、日本は世界に誇るパワーを持っています。すなわち、世界をリードするビジネスが将来どんどん生まれてくる可能性が大いにあるということです。
だからこそ一時的に消費されるだけのエンターテインメントではなく、社会貢献や持続的成長と結びついたさまざまなソリューションとの融合がきわめて重要で、ワントゥーテンとしてもその一翼を担っていきたいと考えています」と澤邊氏は語ります。
ワントゥーテンが実践する「ソリューション×エクスペリエンス」が、社会や人々の生活を変えていく大きな力となるに違いありません。
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