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二上 哲也 Tetsuya Nikami 日本アイ・ビー・エム株式会社 グローバル・ビジネス・サービス事業本部 CTO、IBMオープン・クラウド・センター 執行役員 IBM Fellow |
1990年に日本IBMに入社以来、Java/WebやSOA、API、クラウドネイティブなど最新技術を活用してのお客様システム構築に貢献。現在は、執行役員 IBMフェローとして、GBS事業本部 CTOと全社横断のハイブリッドクラウド推進リーダーを兼任している。 |
デジタル・トランスフォーメーション (DX)の早期実現が、激しい環境変化への対応のために求められている。しかし、DXを企業全体で本格的に推進したいが思うように進まないという声も多い。開発スピードの向上が課題だったり、各部門でバラバラに進めて非効率だったり、維持・運用体制が不足していたりするためだ。ではDXで先行する企業はどのようにDXを実現しているのだろうか? 先行企業は既に、デジタルサービスのための自社プラットフォームを構築し、DXを全社的・効率的・継続的に進めようとしている。
デジタル・トランスフォーメーション (DX)の課題と先行企業の対応事例
DXによるデジタル変革は第二章をむかえ、よりミッション・クリティカルなアプリケーションでの本格的な展開が進んでいる。DX活動の開始当初、小さなデジタル・アプリを作ったり、何らかのデータを分析したり、AIを試行したりして成功した企業も、実業務のアプリケーションや、本格的なデジタル・サービスのビジネス展開で苦労するケースは多い。そのような企業で多く聞かれる課題に以下のようなものがある。
- DXのためにアプリケーション開発のスピードを向上したいが、各チームで環境整備に時間がかかっている。
- DXアプリケーションの稼働環境を整備したいが、各部門が独自環境を準備しているため非効率。
- 全社的なDX運用体制が不十分で、実際に運用を開始した際の業務運用に支障が生じている。
これらは特に、DX推進部門と、IT部門の連携が不十分である場合に顕在化するケースが多いようだ。DXを広い範囲でより本格的に進めようとすると、その企業が求めるセキュリティや可用性、性能といった非機能要件を考慮し実現しないといけないが、DX推進部門だけではすぐに実現は困難で、IT部門の基盤ノウハウと運用経験が重要となる。これは従来の業務部門とIT部門の間も同様であったが、DXの場合に異なるのはスピード感である。従来は業務要件定義から実際にシステムを動かすまでが年単位になる場合が多く基盤の準備も時間をかけられたが、デジタルサービスは数か月後には最小限のアプリ(Minimum Viable Product : MVP)で良いので実際に稼働させてユーザーの反応を見たいというケースが多い。そのためにはデジタルサービスのプラットフォームとなるDX基盤の準備もスピードが求められる。
それに応える一つの有効な手段がクラウドであるが、クラウドには今や多数の多種多彩なサービスがある。個別に勉強して使うサービスを選定し、その企業が求める非機能要件を実現するよう組み上げるのには時間がかかってしまう。組み上げてみたが、思ったより可用性や性能が上がらないといった場合もある。スピード向上のためにはインフラを個々の案件で検討するのではなく、全体で共通のDX基盤を準備し各案件で共有する方が効率的である。
そのために業種別の特性を盛り込んであらかじめ作りこんである汎用DX基盤が、デジタルサービス・プラットフォーム(DSP)であり、業種別のインダストリー・クラウドとも言える。これをテンプレート的に活用する事で、迅速にDXのための自社基盤を構築する事が可能になる。以下にIBMのDSP事例を紹介する。
金融サービス向けデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)
IBMが先行して提供を開始しているのが「金融サービス向けデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)」(図1)であり、既に複数の金融機関で利用実績がある。IBM Cloudなどのクラウド上に、金融サービスに必要となる基本的な業務のマイクロサービスや、基幹系連携のためのバックエンド・アダプターを備えたDX基盤で、各金融機関はこれをベースにサービスを加える事で自社のデジタルサービス・プラットフォームを迅速に構築する事ができる。
図1.金融サービス向けデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)
「業務マイクロサービス」は、口座管理や資金移動、認証といった基本的な機能は既に実装されているため、各金融機関はその上にデジタルサービスを差別化するためのマイクロサービスを追加すればよい。DevOps開発環境やCI/CD環境も備えているため、それらのマイクロサービスを迅速に開発・テストし稼働させる事ができる。その際、金融系では勘定系などの既存システムと連携が必要な場合が多いため、「基幹系連携」のバックエンド・アダプターも提供している。「DSP基盤」はこれらのデジタルサービスを稼働させるための基盤で、オープンなコンテナ技術を活用した Red Hat® OpenShift®を採用しているため、複数のクラウドやオンプレミスでも稼働させることができる。DSP基盤はマネージドサービスになっており、決められた範囲内の運用サービスも付属している。このDSPを活用する事で、各企業はDX基盤を準備する期間の短縮が可能になる。基盤は各企業の固有のサーバーを準備し独占する事もできるが、複数企業でお互いセキュアに分離しつつもサーバーを共有してコストを最適化する事もできる。
またIBMは「IBM Cloud for Financial Services」として、金融サービス向けにセキュリティを強化し、かつ金融サービスに必要なセキュリティ・レベルの維持管理の省力化も可能になるパブリッククラウド環境の提供を開始している。今後はこれらの環境も組み合わせて、金融デジタルサービスのための基盤準備と維持管理の負荷を軽減し、マイクロサービスを共創することで、DXの実現が加速されるであろう。
業種向けデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)
IBMは金融以外でも、様々な規模感、マニュアル生産含む様々な自動化/非自動化レベルでのスマートファクトリーの第一歩となるソリューションとして「IBM Global Integrated View Manufacturing Platform[TM] (IBM GIView MP)」を提供している。多くの製造業の企業が AIやIoT といった最新のテクノロジーを活用した 次世代工場の姿を検討しているが、IBMでは現場からのデータを分析・フィードバックし活用する工場を『スマートファクトリー』と位置づけ、多くのお客様と一緒にその実現に取り組んでいる。生産を支えるFactoryソリューションを長く提供してきたIBMの経験を活かし、マニュアル生産(自動化生産未導入)の工場でも、小さくはじめてデータ活用につなげていけるFactoryソリューションを提供している。
これにより、下図のような生産の計画から実行、製造能力分析までを含む次世代工場のプラットフォームの構築を迅速に行う事が可能となる。これらをクラウド上や工場のエッジなどに柔軟に配置する事で、トータルなサプライチェーン・トレーサビリティを実現する。
図2. IBMのFactoryソリューション
また、IBMはこれらスマートファクトリーのソリューション以外にも、購買ソリューション、物流ソリューションなどの様々なインダストリー・ソリューションを展開している。
またヘルスケア領域においても、AI活用や高度なクラウドサービスを活用するためのプラットフォーム「ヘルスケアサービス向けデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)」の実現に向けた協業も開始されている。このプラットフォームは病院内に設置された従来型のシステムとクラウド上のサービスとをハイブリッドクラウドとして融合するもので、これにより情報セキュリティや既存インフラの利用の上で有利なオンプレミス環境を維持しつつ、クラウド等の最新のテクノロジーを利用する事が可能になる。こちらは、現在主にオンプレミスで稼働している「IBM Clinical Information System」を活用した電子カルテシステムをクラウド上で活用することも含め検討している。
データ&AIプラットフォーム
デジタルサービスのプラットフォームとして欠かせないのは、データ&AIプラットフォームである。様々なデジタルサービスや既存システムから得られたデータを部門横断的にAIなどを活用し分析する事で、様々な知見を得る事ができる。その知見をさらなるデジタルサービスの改善に役立てたり、ビジネスそのものの拡大に役立てる事が求められている。しかし、データが様々な形式で散在してどのようなデータがどこにあるか分からなかったり、存在が分かってもそれに各部門がアクセスする事ができなければ宝の持ち腐れになる。そこでデータ&AI活用のためのプラットフォームとして、企業内にどのようなデータがどこにあるかを登録しておくカタログ機能や、それぞれのデータを仮想化する事でアクセスしやすくするデータ仮想化機能が重要となる。IBMではこのような機能群を「IBM Cloud Pak for Data」としてプラットフォーム化して提供している。
図3. IBMのデータ&AIプラットフォーム
データは業務上のワークフローの中の様々なポイントで発生する。例えばお客様の音声や文書のデータや、需給管理のデータ、製品の購買情報や故障・異常のデータなどである。各部門ではこれら発生したデータをある程度活用しているはずだが、部門横断的にデータを分析する事でさらに多くの知見(ナレッジ)を得ることができる。企業全体の知見を管理しAIなどを活用する事で、企業活動のワークフロー全体の効率を上げる事ができるのである。IBMはこれを「インテリジェント・ワークフロー」と呼んでいるが、このような企業全体のデータ&AIプラットフォームを構築しデータを活用する事が企業全体のDXを推進する上で重要となる。
図4. 製造・流通業のインテリジェント・ワークフローのイメージ
オープンなデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)の実現
DSPを構築し、その上で様々な新規デジタルサービスを立ち上げたり、既存の業務アプリケーションをモダナイゼーションして稼働させることを考えた場合、特定の環境に依存する事はリスクとなる。例えば、最初セキュリティ等を考慮しオンプレミスで稼働させていたデジタルサービスをクラウドに乗せ換えたり、あるクラウド上で動かしていたアプリケーションを新しいサービスを提供するために別のクラウドでも動かしたいといった場合に時間とコストがかかってしまう可能性がある。一度投資して構築したシステム資産は保護し、有効に活用したいと考える経営者は多いであろう。そのため、よりアプリケーションの可搬性の高いコンテナ技術をDSPに活用する事が有効である。コンテナを活用する事で、オンプレミスや複数社のクラウドを同時に利用するハイブリッドクラウド環境でも、各環境に依存しない可搬性の高いアプリケーションを構築する事ができる。またコンテナを活用しさらにKubernetesなどオープンなテクノロジーを組み合わせた Red Hat OpenShiftなどを使う事で、基盤運用プロセスを自動化し、運用も含めそのまま複数の環境で稼働させることができるオープンなハイブリッドクラウド基盤を構築する事ができる。そのためIBMのDSPでもRed Hat OpenShiftが採用されている。
図5. コンテナ化によるアプリケーションの可搬性向上
また今後DXによるデジタルサービスのアプリケーションが増えてきた場合に、オンプレミスや各拠点のエッジ環境、複数のクラウドなどにDX基盤とアプリケーションを配布し、管理していく必要がある。こういった管理・運用の仕組みを個別部門で準備し維持管理する事は非効率であるため、一元的にオンプレミスを含めたマルチクラウド管理ができる仕組みを導入して、配布から運用・監視までを企業全体で取り組むべきである。DXも本格化してくると、各アプリケーションの配布やバージョンアップ、何かあった場合のための監視や対処の仕組みなどがしっかりしていないと、コストもかかるしエンドユーザーに迷惑をかけてしまう。例えば「IBM Cloud Satellite」であれば、クラウド上のマネージド・サービスも含めてDX基盤を構築し、複数のクラウドやオンプレミスやエッジなどへの配布と運用監視も一元化する事ができる。
図6. マルチクラウド管理による、デジタルサービス・プラットフォーム配布
DXによるデジタル変革が本格化する中で、各企業はより必要性の高いところからそれに最適なクラウドを選定して移行を開始している。そのため当面は一つ以上のクラウドと企業内のオンプレミスの両方を活用する「ハイブリッドクラウド」が約9割を占めるという調査結果も出ている。そのハイブリッドクラウド環境の中で、より効率的にDXを進めていくためには、共通基盤となるオープンなデジタルサービス・プラットフォーム DSPの構築とその運用管理の仕組みの構築が重要となるであろう。
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