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多様な「人」と「社会」を支える人間主体のテクノロジー (vol97-0004-societydx)

By IBM ProVision posted Wed March 24, 2021 11:11 AM

  

新型コロナウイルスの急速な拡大により、社会は大きな変化を余儀なくされました。多くの企業が急遽テレワークによる在宅勤務の導入に踏み切り、オンラインを前提とした業務を拡大しています。遠隔教育、遠隔診療などICTを活⽤したリモート化・デジタル化があらゆる場面で進み、まさに仮想空間と現実空間を高度に融合させた人間中心の社会Society5.0の実現可能性が高まってきました。このような社会を実現するためには、豊かな発想や多様性を重視した新たな価値の創造とそれを支えるテクノロジーの進化が必要です。

本稿では、⼈間や社会の在り⽅に深く関わるテクノロジーを考察し、過去にとらわれず新たな価値を創造し続けイノベーションを実現するための鍵を紐解いていきます。

 

イノベーションとは?

まず、「イノベーションとは何か?」を、何人かの経済学者の言葉を引用して考えてみましょう。オーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは、1912年に彼の代表作『経済発展の理論』の中で「新結合(New Combination)」という言葉を使ってイノベーションの概念を説明しました[1]。そして、『イノベーションのジレンマ』の著者クレイトン・クリステンセン氏は、イノベーションを「一見、関係なさそうな事柄を結びつける思考」と定義しています[2]。『両利きの経営』の解説者である入山章栄氏は、「知と知の組み合せ」がイノベーションの源泉であり、イノベーションには、「知の探索」と「知の深化」の両方のバランスが重要であると説いています[3]。一般に成功した企業は「自分たちのやっていることは正しい」と考え「知の深化」に偏ってしまい「サクセストラップ」に陥り、イノベーションが起こらなくなってしまう傾向があります。このような時こそ、様々な知と出会う機会を作り知の範囲を広げ取り入れていく「知の探索」が必要になります。

ここに挙げた各説に共通するテーマは「異なる価値観や多様性との出会い」といえるでしょう。イノベーションを生み出し続けるためには、参画メンバーの個性やアイディア、多様な専門性や経験を育み、相互に活していける組織風土と、それを支えるテクノロジーや仕組みが必要になります。

 

コロナ禍におけるパラダイムシフトとテクノロジー

次に現在の状況に目を移して、テクノロジーの進化について考えてみましょう。

新型コロナウイルスの急速な拡大により、我々の生活は大きく変わりました。多くの企業がテレワークによる在宅勤務制度を導入し、毎日オフィスに通勤して仕事をするという日常から、自宅からオンライン会議で業務を遂行するという働き方に大きくシフトしました。この結果、在宅勤務ならではの精神や健康のケア、業務効率の問題が取りざたされる一方で、私たちは時間や場所の制約を受けず柔軟に働ける環境を手に入れる事ができるようになりました。「ワーケーション」という新しい造語が作られ、観光地やリゾート地でテレワークを活用し働きながら休暇を過す人、地方への移住を検討する人たちも出てきています。このパラダイムシフトにより大きな躍進を遂げたのがビデオ会議システムです。緊急事態宣言が発令された2020年4月以降、ビジネスからプライベートまで様々なシーンにおいてビデオ会議サービスが活用されるようになり、利用が急拡大しています。このような状況を受け、ビデオ会議システムを提供する各社が相次いで機能拡張ならびにサービスの強化を行い、しのぎを削っています。さらに、社会や利用者の新たなニーズを敏感に受け止め、様々な業界がビデオ会議システムへ付加価値を提供し新たなビジネスを展開しています。資生堂が提供するTeleBeauty[4]もその一つです。TeleBeautyは、スナップチャット社のカメラアプリSnap Cameraを利用し、モニター上の自分の顔にメイクを施すことができるARフィルター技術を利用したサービスです。様々なWebベースのビデオ会議システムと連動して利用することができ、「オンライン会議のためだけにメイクするのは面倒...」と感じている女性層に支持を得ています。多様なユーザーニーズに端を発し、様々な業界からビデオ会議システムに付加価値を付けるサービスが展開され、企業や業界を跨った自律的なエコシステムによる新たなビジネスモデルが生まれています。このようなエコシステムは、テクノロジーの進化を加速させると共に、人間や社会に大きな影響を与えていくことになるでしょう。


もう一つの例を考えてみます。2014年頃、タクシー業界を席巻する破壊的イノベーションとして、Uberの話題がよく取りざたされました。Uberは、自動車を保有する人が隙間時間を利用して働きたいというニーズと、ある場所に移動したいという人をIT基盤を使って結びつけ、タクシーをつかまえるという誰にとっても面倒な作業をスマートなモバイルアプリで解決しました。日本ではタクシー業界を守る法律があり広く普及はしていませんが、海外ではタクシー業界を凌駕する勢いで利用が広がりました。最近は、同じ仕組みを使った料理宅配サービスUber Eats[5]がコロナ禍において、日本でも大躍進を遂げています。Uber Eatsは、外出自粛が続く環境下において人々に食の楽しみを提供する強い味方であり、厳しい経営環境が続く飲食店の救世主ともいえます。Uberの事業展開は、市場ニーズを十分に理解し分析したうえでの企業戦略であり、人間を中心に据えてテクノロジーを活用した成功例といえるでしょう。そして、人々の移動を支えるIT基盤やサービスの強化だけではなく、料理宅配サービスへの投資は、まさに「知の探索」の結果でありイノベーションに値するものといえます。

イノベーションを創出する企業であり続けるためには、市場ニーズを敏感に感じ取り、共感を生み出し、心を動かすことができる魅力的なストーリーテリングとそれを支えるテクノロジーが必要です。ただ単に使いやすい、わかりやすいだけでなく、ユーザーの行動を導き、ユーザーがやりたいことを「楽しく・心地よく」を支援することが重要になってきます。顧客・従業員・企業を含むすべてに魅力的なエクスペリエンスが組み込まれてこそ、人と社会を豊かにするプラットフォームが生まれるのです。そして、先進的で自律的なビジネス・エコシステムによって、そのプラットフォームは更なる進化を遂げることになるでしょう。テクノロジーの発展や進化はこのような取り組みを支えるべきだと考えています。

それでは日本が描く次世代の姿Society5.0の世界を少し見ていきましょう。

 

Society 5.0 の世界

Society5.0は、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」[6]と定義され、日本が目指すべき未来社会の姿として、2016年1月に政府の第5期科学技術基本計画で提唱されました。

当時どちらかというと絵に描いた餅であった「Society 5.0」の世界は、新型コロナウイルス感染症の拡大による社会変化と共に加速化し、現実味を帯びてきました。Society5.0の世界では、最先端の科学技術・テクノロジーに加えて、⼈⽂学・社会科学の知⾒が経済・社会的な課題の解決策を提供する役割を担います。令和2年版 科学技術白書では、コロナ禍を受けて Society 5.0に「人間性」を基軸に据えた指針が加わり、「⼈間性の再興・再考による柔軟な社会」「リアルとバーチャルの調和が進んだ柔軟な社会」が強調されています[7]。白書は、⼈間や社会の在り⽅に対する深い洞察に紐づいたテクノロジーの進化が、今後さらに重要になってくることを示唆しています。

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Society 5.0による人間中心の社会 (出展:内閣府ホームページ - Society5.0: https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/ )

人間とテクノロジーのパートナシップ向上

それでは今後テクノロジーはどこに向かって進んでいくのでしょうか。アンビエント・インテリジェンス(Ambient Intelligence)[8]という言葉があります。2015年頃から次世代の情報社会を表すキーワードとして欧州で広く使われるようになった言葉です。Ambientとは「取り巻く、囲まれた」という意味で、音楽、建築の世界では、快適な環境をイメージする言葉として使われています。Ambient Intelligenceは、日本では「環境知能」と訳され、生活や仕事の環境の中で、人間の活動に適応していく機能を持つ情報技術を意味します。周囲の人やもの、出来事などをセンシングし、収集した情報をもとにユーザーに的確な情報を提示したり、物理的な支援をする技術を指し、人間の本来の活動を邪魔せず支援することを目指しています。このような技術は「人間を中心に据えた」考え方から生まれており、これから主流になっていくことでしょう。「人間中心」とは、特定の個人を指すのではなく、社会で暮らす人々とそれを取り巻く環境を中心に考えることを意味します。⼈間と社会に対する深い洞察から生まれる「人間中心」のテクノロジーの進化と、「異なる価値観や多様性との出会い」から生まれるイノベーションこそが、次世代の人間や社会の発展の礎となります。



[参考文献]

[1] JBpress Digital Innovation Review:イノベーションの意味、説明できますか?https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55184
[2] Harvard business review : "The Innovator’s DNA" by Jeffrey H. Dyer, Hal Gregersen, and Clayton M. Christensen, https://hbr.org/2009/12/the-innovators-dna
[3] 両利きの経営:チャールズ・A・オライリー マイケル・L・タッシュマン 入山章栄(監訳) 冨山和彦(解説) 渡部典子(訳), pp007-008 (2019).

[4] TeleBeauty : https://www.shiseido.co.jp/sw/beautyinfo/telebeauty/ 
[5] Uber Eats : https://www.ubereats.com/jp

[6] 内閣府 : Society 5.0, https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/ 
[7] 文部科学省:令和2年版 科学技術白書, https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa202001/1421221.html
[8] Wikipedia : Ambient intelligence, https://en.wikipedia.org/wiki/Ambient_intelligence


日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業部
技術理事
行木 陽子
Yoko Nameki

日本IBMに入社後、製造業の顧客を担当するSEとしてメインフレーム/ネットワーク系の技術を提供。その後、サービス部門を経てソフトウェア事業へ異動。コラボレーション分野における最新テクノロジーのエバンジェリスト(伝道師)として活動すると共に、大規模顧客の次世代コラボレーション基盤の設計・導入に従事。2016年技術理事に就任。最新のテクノロジーを活用したワークスタイル変革ソリューションを牽引。


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