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本稿は、技術者育成を支えるためにメンタリングにフォーカスし、技術革新とキャリアの多様化が進む現代組織におけるメンタリングの意義と機能を実務的・学術的観点から検討しています。メンタリングを主体的な成長を支える伴走型関係と位置づけ、心理社会的機能とキャリア機能を整理しました。さらに、IBMにおけるメンタリングのためのプラットフォームやコミュニティ設立の事例を通して、メンタリングを個人の善意ではなく組織的な資源循環の仕組みとして制度化する重要性を提示します。[
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はじめに - 人は人によって育つと、あらためて想う
「想像もしていなかった視点からのアドバイスで、気持ちがガラッと変わりました!」。ひさびさに社内のコミュニケーションツールである Slack で「キャリア相談をしたい。」と、前の部署でとてもお世話になっていた後輩からの連絡。「1 on 1 をしましょう。」とオンラインで30分対話をして、その後でもらったのが冒頭のメッセージです。メンタリングというのは、人との対話を通して、自身が何か気づきを得る機会なのだろうと、改めてそのコミュニケーション技法の可能性を認識した瞬間でした。
AIや量子コンピュータなどのテクノロジーが加速度的に進化するいま、学ぶべき知識は増え、キャリアの選択肢も多重になり、自分だけで答えを導いていくのは難しい時代。だからこそ、共に助け合う仕組みが必要だと強く感じます。IBMには「他者に貢献する文化」、「経験を次世代につなぐ伝統」があります。後述する Your Guides@IBM (以降、Your Guides) はその文化を制度化・プラットフォーム化したものであり、またその制度やツールにより温かみを加えるために2026年2月に発足したメンター・コミュニティ・ジャパンは、メンター同士が支え合い、学び合う「土壌」をつくる試みです。本稿では、私自身の経験と、近年の学術研究の知見を重ね合わせながら、メンタリングの価値を今一度考察したいと思います。
メンタリングとは何か -「答え」ではなく「伴走」である
メンタリングは、「人がより効果的に成長できるように支えるための関係性」と言われます。研修やマニュアルのように手順を教えることでも、コーチングのように目標達成を促すことだけでもありません。傾聴と問いかけを通じて、メンタリングの受け手=メンティーが自分自身の言葉で課題を整理し、自らの意思で次の一歩を選び取れるように伴走します。学術的には、メンタリングは大きく二つの機能を併せ持つと整理されています。一つは、承認や安心感の醸成、自己効力感の強化を含む心理社会的機能。もう一つは、スキル助言や挑戦機会の提供、意思決定支援などのキャリア機能です[6]。
近年のメタ分析でも、これら二つの機能が統合されると、学習の持続性や組織コミットメントが高まることが示されています[7][8]。私の実感としても、過去の努力を承認しながら未来を共に設計する両輪の対話が、最も強い成長を生み出す瞬間であると感じています。
ITの現場におけるメンタリングの重要性 - 個に寄り添い、柔軟に支える
私が関わるシステム開発や運用を含む現場で日々感じているのは、メンタリングが持つ多面的な価値の大きさです。まず、個々の背景や強みに合わせた支援ができるという「個別性」=パーソナライゼーションがあります。画一的な育成では得られない、その人ならではの成長を後押しできる点は、現場におけるメンタリングならではの魅力だと感じています。また、メンターとメンティーという関係を通じて、部門や役割・職責を越えた「ネットワーク」が広がり、新しい挑戦や機会が生まれることも少なくありません。さらに、他者の視点に触れることで思考の幅が広がり、意思決定の質が高まっていくという“視点の拡張”も重要です。
特に技術者にとっては、人を通じて学ぶことが大きな近道になる場面が多いと感じます。例えば、個々人のITエンジニアとしてのキャリアとその背景にある偶発性、専門性のあるIT技術者との連携、お客様との対話の間合いやシステム設計における引き算の感覚は、文章だけで学ぶのが難しいものです。こうした知識は、対話を通じた内省を繰り返すことで、徐々に身体感覚として理解されていきます。そして、暗黙知から形式知へと昇華していくものであり、メンタリングはそのプロセスを強力に後押ししてくれる存在だと考えています。個に寄り添い、ネットワーキングを強化し、視野を拡張できるのがメンタリングの特長と言えるでしょう。
IBMの文化とYour Guides - 可視化された「助け合い」の仕組み
IBMには、立場や世代を越えて互いに学び合い、メンタリングを実行する文化がグローバル全体に根づいています。一つの事例として、 Your Guides は、そのメンタリングの文化を組織として「見える化」し、誰もが活用できる形にした制度でありツールです。メンティー自身が主体となって国籍、所属などを超えて自由にメンターを選べることが大きな特徴で、現在の自身の仕事だけでなく、将来的に目指したい職種の人を選ぶこともできます。扱うテーマも当然ながら多岐にわたり、技術の深掘りからキャリアや働き方、両立の悩みまで、個々の関心や課題に合わせて設定できます。さらに、継続的な1 on 1 を通じて関係を育んでいける点も、制度の大きな魅力だと感じています。この仕組みは、職場内の縦横のつながりだけにとどまらず、いま自分が置かれている環境から一歩視野を広げ、新しい関係性や学びの場を自らつくるきっかけにもなります。メンタリングを文化として根付かせ、誰もが実践しやすい形で可視化していること自体が、IBMがメンタリングを大切にしている象徴だと思います。
学術研究が示すメンタリングの新潮流
学術研究における「メンタリング」についてもとらまえていきたいと思います。学術データベース「Web of Science (Core Collection) を用い、1990年から2025年までの期間における「Mentoring」(メンタリング)をタイトルに含む学術論文の出版件数を簡易に傾向確認しました。
図1 : メンタリングという言葉をタイトルに含む論文数の推移(2002-2025), Web of Scienceより筆者作成(2026年3月1日時点情報)
メンタリングに関する研究は、過去20年以上にわたって着実に増加し続けており、特に近年ではその学術的関心と重要性が高まり、過去最高の発表件数を記録するに至っています(図1)。この動向は、メンタリングが現代の組織開発、人材育成、キャリア形成において、不可欠な要素として認識されていることを反映していると考えられます。また、近年のメンタリング関連の研究は、「メンタリングは効果があるか」から、「どのようにして効果が生まれるか」へ焦点を移しています。三つの潮流を紹介します。
組織市民行動を促進するメンタリング
私は現在、博士後期課程において「組織市民行動 (OCB) 」の研究をしています。メンタリング支援は、従業員の信頼や心理的安全性を高め、結果として役割外の自発的貢献である OCB を促進することが、多くの研究で示されています。たとえば、 Wang et al. [9]は、社会的交換理論を基盤に、メンタリング支援が上司への信頼を高め、その信頼がボイス行動 (=組織改善のために意見や提案を行う行動) を促進するという媒介メカニズムを実証しています。この知見は、メンタリングを単なる育成手段ではなく、「信頼」という社会的資源を形成するプロセスとして理解する視点を提供しています。さらに、このプロセスは資源保存理論 (COR) の観点からも解釈可能です。メンターからの支援は従業員にとって心理的・社会的資源の獲得と捉えることができ、資源が蓄積されることで他者や組織に向けられる余裕(時間的・心理的余力)が生まれ、 OCB のような自発的行動へとつながると考えられます。
社会的交換理論とメンタリングの「資源機能」
メンタリング関係は、互恵性の規範に支えられた社会的交換関係としても理解されています。支援を受けた従業員は、その恩恵に応えようとする心理を持ち、それが組織への貢献行動につながるという説明です。一方で、近年の研究は、メンタリング支援を「ストレスを緩衝する資源」として捉える視点も提示しています。 Erdogan et al. [10] は、従業員の仕事上のストレスが、キャリアの成功を阻害する一方で、上司のメンタリング支援がその悪影響を緩衝することを示唆しました。つまり、メンタリングは単なる交換関係を超えて、従業員の資源を補完し、ストレス下でも成長や成功を可能にする重要な職務資源として機能するのです。この知見は実務的にも重要です。メンタリングは善意に依存するものではなく、組織が制度的に支援を位置づけることで、持続的な貢献行動を支える仕組みと(コミュニティやリソース配分)が不可欠だということがわかります。
新しいメンタリングの形「リバース・メンタリング」
若手が上司やシニア層に最新のスキルや視点を共有するリバース・メンタリングも、近年研究が増加しています。現時点では、革新的行動 (Innovative Work Behavior) やキャリア・コンピテンシーとの直接的因果関係を一貫して示すメタ分析はまだ限定的ですが、知識共有、心理的安全性、世代間信頼といった媒介要因を通じて、ポジティブな影響を持つ可能性が示唆されています[11][12]。社会的交換理論の観点から見ると、世代を越えた双方向の学びは「お互いに学び合う関係」を生み出します。そうした関係が部門や世代の壁を越えたつながり(ブリッジング型ソーシャル・キャピタル)を育み、結果として組織全体で知識が自然に循環する状態をつくっていくのです[13]。私個人の考察としては、メンタリングを「個人の善意」ではなく、「資源循環と相互作用のデザイン」として組織として捉え直し、きちんとした仕組みを構築していくことが重要であると考えています。
メンタリングの実践 - 支援者を支える「土壌」をつくる
私自身も定期的にメンタリングをし、またメンタリングを受けています。前述したリバース・メンタリングも組織リーダーとして、若手メンバーから受けるようにし、リバース・メンタリング が組織全体に浸透するような取り組みをしております。キャリアに関わるメンタリングを実施する時に、意識をしているのが、過去の棚卸し、現在の課題、そして短期・中長期の目標を設定することです。一方で自身のやり方が合っているのか、我流になっていないか自問自答をしているのも事実です。
「日本アイ・ビー・エムグループ内でもメンターとして語り合える仲間が少ない。」そんな課題が社内の各所で聞こえ、有志メンバーが2026年2月にコミュニティが立ち上げました。コンセプトは、「つながりと学びで、メンタリング文化をより豊かに」。すでに260名を超えるメンバーが参加をしてくれています。私もアドバイザーとして関わっており、その活動の目的と活動案を紹介します。
目的:「人と組織が共に成長し、強いエンゲージメントを実現する」3つの目標
- IBMのメンタリング文化をアップデートします。
- 複眼的な視野を育み、自身とメンティーの成長につなげます。
- 組織を超えたつながりを拡大・強化します。
5つの活動内容
- メンター同士のつながり強化・相互成長の機会創出
- メンター研修・情報交換によるメンタリングの質の向上
- 社内発信による制度の認知向上と活性化
- メンターマッチングの改善 ( Your Guides の活用、ロールモデルの可視化)
- 「メンタリングAI」への挑戦 ( Client Zero の精神で、支援者・学習者双方を支える仕組みづくり)
出来立てのコミュニティではありますが、設立当初から多くの関心と参加者が集まっているという事実は、メンタリングを学び、実践する仕組みを組織として必要としているニーズと期待の表れだと思います。
おわりに - メンタリングは未来への「贈り物」である
AIファースト時代において、人とAIの共生は進み、そしてテクノロジーは深化をし続けますが、人の経験や対話からしか生まれない学びがあります。IBMの場合は、プラットフォームは Your Guides で個と個をつなぎ、メンター・コミュニティ・ジャパンは支援者同士を支える土壌を創っています。
著名な映画監督スティーヴン・スピルバーグは、 “The delicate balance of mentoring someone is not creating them in your own image, but giving them the opportunity to create themselves.” ― Steven Spielberg (メンターシップの極意は、相手を自分に似せることではなく、彼らが自分自身を作り上げる機会を与えることにある)と語っています。メンタリングは一人ひとりの創造的生命という花を開くプロセスだと確信しています。一人ひとりが、誰かの伴走者になることができる。その助け合い、共生、共創の循環が、組織やチームの、そして一人ひとりの未来をしなやかに、そして強くしていくのだと信じています。
参考文献
[1] Role of Power Distance Orientation.” Journal of Business Research.
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0148296325003431
[2] Bakker, Arnold B., and Evangelia Demerouti. 2007. “The Job Demands–Resources Model: State of the Art.” Journal of Managerial Psychology 22 (3): 309–328. ,https://doi.org/10.1108/02683940710733115
[3] Blau, Peter M. 1964. Exchange and Power in Social Life. New York: Wiley.
[4] Hobfoll, Stevan E. 1989. “Conservation of Resources: A New Attempt at Conceptualizing Stress.” American Psychologist 44 (3): 513–524. https://doi.org/10.1037/0003-066X.44.3.513
[5] Hobfoll, Stevan E., Halbesleben, Jonathon., Neveu, Jean-Pierre., Westman, Mina., . 2018. “Conservation of Resources in the Organizational Context: The Reality of Resources and Their Consequences.” Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior 5: 103–128.
https://doi.org/10.1146/annurev-orgpsych-032117-104640
[6]Kram, Kathy E. 1985. Mentoring at Work: Developmental Relationships in Organizational Life. Glenview, IL: Scott, Foresman.
[7] Allen, Tammy D., Lillian T. Eby, Mark L. Poteet, Elizabeth Lentz, and Lizzette Lima. 2004. “Career Benefits Associated with Mentoring for Protégés: A Meta-Analysis.” Journal of Applied Psychology 89 (1): 127–136.
https://doi.org/10.1037/0021-9010.89.1.127
[8] Eby, Lillian T., Tammy D. Allen, Sarah C. Evans, Thomas Ng, and David L. DuBois. 2013. “Does Mentoring Matter? A Multidisciplinary Meta-Analysis Comparing Mentored and Non-Mentored Individuals.” Journal of Vocational Behavior 83 (1): https://digitalcommons.usf.edu/psy_facpub/23/
[9] Wang, Shuang, Chao Hu, Minh Pham, and H. P. Yu. 2025. “Encouraging Newcomer Voice through Mentoring Support: The Mediating Role of Trust and the Moderating
[10] Erdogan, Berrin, Kudret, S., Campion, E.D., Bauer, T.N., McCarthy, J. and Cheng, B.H. 2024. “Under Pressure: Employee Work Stress, Supervisory Mentoring Support, and Employee Career Success.” Personnel Psychology. Advance online publication. https://onlinelibrary.wiley.com/journal/17446570
[11] Chaudhuri, Sanghamitra, and Ranjana Ghosh. 2012. “Reverse Mentoring: A Social Exchange Tool for Keeping the Boomers Engaged and Millennials Committed.” Human Resource Development Review 11 (1): 55–76.
https://doi.org/10.1177/1534484311417562
[12] Murphy, Wendy M. 2012. “Reverse Mentoring at Work: Fostering Cross-Generational Learning and Developing Millennial Leaders.” Human Resource Management 51 (4): 549–573. https://doi.org/10.1002/hrm.21489
[13] Putnam, Robert D. 2000. Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community. New York: Simon & Schuster.
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